12人が本棚に入れています
本棚に追加
見つめ合うこと数秒。十和は諦めて、溜息をついた。
「ついて来いよ」
そう言って山の方へ歩き出した。
山は麓と同じように枯れ木ばかりが並んでいた。
所々角張った石が突き出ていたり、砂利道になっていたりして足場が悪い。
久しぶりに歩いた客人は何度も転びそうになったが、それでも軍人らしくしっかりと一歩一歩を踏み出した。
闇の奥から吹き付ける風が、2人を誘い込むような不気味な声を上げていた。
砂埃がぼんやりと舞い上がる。
月明かりの中でそれは銀色に輝いて見えた。
「なあ」
前を歩きながら十和は客人に聞いた。
「お前、元少年兵か?」
「……ああ」
淡々と答えた客人に、十和はそっか、とだけ言った。それ以上は何も言わなかった。
暫く歩き続けていると、辺りを囲んでいた枯れ木が姿を消した。
ぽっかりと不自然に開けた広場の真ん中に、櫓が建っている。
「俺達は反対したんだよ」
唐突にそう言って十和が足を止めた。
振り返った十和は何故か少し怒っているような、傷ついているような顔をしていた。
「お前みたいなのを村に入れても碌なことにならないって」
それはそうだろうと客人は思った。
そう思われて当然だし、そう思えなければこの時代を生きていけないだろう。
「でもあいつは違ったんだ。お前を助けようって言った。怯えて、憎んで、目を背けて、傷ついて、傷つけて、そういうことは辞めようって。そうやって……」
そこで1度言葉を切って、十和は目を閉じた。心を落ち着けようと1度深呼吸をする。
「そうやって私達は戦争を終わらせていこうって」
村人達は誰も反論出来なかった。
「今でも思うところが全く無い訳じゃない。でも俺は信じることにするよ」
十和は決意を込めて客人に言った。言った後に少し自信が無くなって、怖くなった。
信じることがこんなに怖いことなのだと初めて知った。
「だからお前もあいつのこと傷つけるなよ」
もしものことがあれば、ただではおかない。
相変わらず客人は無表情だった。しかし、その瞳には十和に負けないくらい強い光が宿っていた。
「わかった」
必ず約束は守ろう、と。重々しく頷いた客人に十和は少しだけ肩の力が抜けた。
櫓の後ろには階段が付いていた。櫓自体はそこまで高さがある訳ではなく、周りの木々より頭ひとつ分抜き出た程だった。
そっと階段を登っていくと、上に行くにつれて、月明かりで明るくなっていった。
1番上の物見台で少女は階段に背を向けて座っていた。
淡い茶色の髪の毛が、風の中で舞い上がり、川のように流れている。
小さな後ろ姿は無防備で、少しだけ懸念が生じた。
「目、覚めたのね」
唄うように少女は言った。まただ、と客人は息を飲んだ。
1週間前に目覚めた時と同じく、少女はこちらを見ていない。
物見台に右足を踏み入れたままの状態で固まってしまった客人を、少女は髪を押さえながら振り返った。
「調子はどう?」
白い肌は月明かりの中で益々白く、冷たく見えた。
「……まあまあだな」
「そう」
それは良かった、と少女は言って、こちらに手を伸ばしてきた。
「こっちに来なさいな」
何か聞きたいことがあるのでしょう、と。
『佑真』
椿の声がした気がして、客人ははっと空を見上げた。
そこではただただ星が瞬くばかりで、当然椿の姿はない。
当たり前のことなのに、落胆してしまう。
最初のコメントを投稿しよう!