砂敷村

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見つめ合うこと数秒。十和は諦めて、溜息をついた。 「ついて来いよ」 そう言って山の方へ歩き出した。 山は麓と同じように枯れ木ばかりが並んでいた。 所々角張った石が突き出ていたり、砂利道になっていたりして足場が悪い。 久しぶりに歩いた客人は何度も転びそうになったが、それでも軍人らしくしっかりと一歩一歩を踏み出した。 闇の奥から吹き付ける風が、2人を誘い込むような不気味な声を上げていた。 砂埃がぼんやりと舞い上がる。 月明かりの中でそれは銀色に輝いて見えた。 「なあ」 前を歩きながら十和は客人に聞いた。 「お前、元少年兵か?」 「……ああ」 淡々と答えた客人に、十和はそっか、とだけ言った。それ以上は何も言わなかった。 暫く歩き続けていると、辺りを囲んでいた枯れ木が姿を消した。 ぽっかりと不自然に開けた広場の真ん中に、櫓が建っている。 「俺達は反対したんだよ」 唐突にそう言って十和が足を止めた。 振り返った十和は何故か少し怒っているような、傷ついているような顔をしていた。 「お前みたいなのを村に入れても碌なことにならないって」 それはそうだろうと客人は思った。 そう思われて当然だし、そう思えなければこの時代を生きていけないだろう。 「でもあいつは違ったんだ。お前を助けようって言った。怯えて、憎んで、目を背けて、傷ついて、傷つけて、そういうことは辞めようって。そうやって……」 そこで1度言葉を切って、十和(とわ)は目を閉じた。心を落ち着けようと1度深呼吸をする。 「そうやって私達は戦争を終わらせていこうって」 村人達は誰も反論出来なかった。 「今でも思うところが全く無い訳じゃない。でも俺は信じることにするよ」 十和は決意を込めて客人に言った。言った後に少し自信が無くなって、怖くなった。 信じることがこんなに怖いことなのだと初めて知った。 「だからお前もあいつのこと傷つけるなよ」 もしものことがあれば、ただではおかない。 相変わらず客人は無表情だった。しかし、その瞳には十和に負けないくらい強い光が宿っていた。 「わかった」 必ず約束は守ろう、と。重々しく頷いた客人に十和は少しだけ肩の力が抜けた。 櫓の後ろには階段が付いていた。櫓自体はそこまで高さがある訳ではなく、周りの木々より頭ひとつ分抜き出た程だった。 そっと階段を登っていくと、上に行くにつれて、月明かりで明るくなっていった。 1番上の物見台で少女は階段に背を向けて座っていた。 淡い茶色の髪の毛が、風の中で舞い上がり、川のように流れている。 小さな後ろ姿は無防備で、少しだけ懸念が生じた。 「目、覚めたのね」 唄うように少女は言った。まただ、と客人は息を飲んだ。 1週間前に目覚めた時と同じく、少女はこちらを見ていない。 物見台に右足を踏み入れたままの状態で固まってしまった客人を、少女は髪を押さえながら振り返った。 「調子はどう?」 白い肌は月明かりの中で益々白く、冷たく見えた。 「……まあまあだな」 「そう」 それは良かった、と少女は言って、こちらに手を伸ばしてきた。 「こっちに来なさいな」 何か聞きたいことがあるのでしょう、と。 『佑真』 椿の声がした気がして、客人ははっと空を見上げた。 そこではただただ星が瞬くばかりで、当然椿の姿はない。 当たり前のことなのに、落胆してしまう。
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