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「どうしたの?」
「いや」
何でもない、と客人は少女の隣に座った。
少女は膝を抱えて空を見ている。
幼い横顔だが、彼女がただの子供でないことは薄々勘付いていた。
「貴方は何者なんだ」
初めて目が覚めた時に、十和との争いを仲裁した少女。
十和は少女を護衛する立場にあったようだ。
それからも少女は手厚く看護をしてくれたが、とても手馴れていた。
「まだご挨拶してなかったわね」
少女は改まって正座をし、客人に体をむけた。
「私は泉桜。この村の村長をしています」
「は」
言葉を失くした客人に泉桜はくすくす笑った。
初対面の人に自己紹介すると、大抵はこんな反応をするのだと言う。
曰く、こんな子供が、と遽には信じられないらしい。
「私の父が元々村長をしていたの」
もういないのだけどね、と泉桜は寂しそうに言う。
その昔、まだ別の場所にあった砂敷村がゲリラ兵に襲撃を受ける事件があった。
泉桜の父母はその時に命を落とした。
何もかもゼロから始めなくてはならない村人達を励まし、支えながら、泉桜は気づくと村長となっていた。
「他には?」
問われて客人は我に返った。
どうやら嘘や冗談ではないらしい。
「ん?」
首を傾げて微笑む泉桜は、あまりにあどけなくて、今まで出会った誰にもない柔らかな雰囲気を持っている。
しかし、侮れない。
「貴方は目にしていない物事を何故か把握していた」
2度目に家主が目を覚ました、夜も。
今日櫓に登ってきた時も。
客人を見ていないのに、客人の状態を心得ている。
客人は軍にいた時間が長い為、民間人の村をよく知らない。
村長という役職に就く人は、皆このような奇跡的な勘を持つのだろうか。
大真面目に問うと、泉桜は曖昧に答えた。
「それは私にも理由が分からないの。でも何故か分かってしまうのよね」
「俺達少年兵は気配を消すようにと教えられて育つ。それが癖になって常時そうしているのだが」
櫓に登って来た時もそうした筈だった。
足音1つ立てぬようにそっと登ったのに、家主はあっさり客人の正体を言い当てた。
「貴方の気配は透明だった」
「透明?」
「そう。消えてしまいそうな、透明な気配」
そんな気配は今まで感じたことがなくて、だからかすぐに分かってしまったのだと家主は言う。
やはり侮れない。
彼女はただの民間人の少女ではない。
自分とは全く異質な生き物を前に、しかし佑真は何故かとても落ち着いていた。
到底自分では敵わない何かが泉桜にはあったが、それを恐ろしいこととは思えなかった。
「今度は私が聞いていい?」
泉桜はこてん、と首を傾げた。
「椿さんて、どなた?」
「……何で椿を知っている」
「貴方が寝言でしきりに呼んでいたから。それに」
泉桜は軍刀を指差した。
「その軍刀の柄に、椿の紋様が掘ってあるでしょう」
お仲間なの、と問われて客人は瞠目した。
「椿は、死んだ」
自分を庇って死んでしまった、儚い女だ。
「この世界のことは椿が教えてくれた」
煌めく星も、ぽっかりと浮かぶ月も、降り頻る雨も、吠えるような雪の日も。
今迄何でも無かったものが、椿と出会って鮮明な色を持つことになった。
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