はじまり

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「…っこ!さっこ!」 ぼんやりしていると、真正面から大きな声で名前を呼ばれた。 ハッと我に返ると前の席の由依が自分の顔と同じ大きさくらいの大きさのメロンパンを食べながら、じっとこちらを見ていた。 「ああ」 「さっこ大丈夫?心ここにあらずって感じ」 橘由依は、クラスが三年間同じで、気の合う友達だ。リスのように大きい目で、メロンパンを片手に持ちながら私の顔をまじまじと見ている。 「私にだって、色々悩みあんのよ」 私は大げさにため息をついてみせた。 「ふうん」 「何よその目は」 私は、彼女の視線からすっと顔を背ける。 「今日は、やっぱり皆そわそわしてるね」 由依は、学校で一人一台支給されているタブレット端末をいじりながら言った。 教室の中は、いつもより少し糸が張りつめているような異様な緊張感がある。皆気にしないようにしていても、やはり気になってしまうのだろう。 「これからアビリティスコアチェックだもんね。当然だよね」 「アビリティスコアチェック」 別名能力可能性診断。由依の言葉を、私は自分の中でもう一度唱える。 背景を説明すると、日本の人口は年々減少し続けており、ついに一億人をきってしまった。 一人一人の負担が増大しており、ストレス地獄の中に一層人々は突き落とされるようになった。 その中で、仕事が合わなかったり、自分の生きている意味を見いだせず、若者が退職したり、自殺を図るケースが後を立たなくなり、日本はまさに空前の危機だった。 「アビリティスコアチェック」は、日本の生産年齢人口が大幅に減少してしまったことをふまえ、自分の能力を見出し、社会に貢献することをサポートするため、緊急の国策として突如発表されたと言われている。 人間に元々備わっている秘められた「能力」。 これを解放することによって、自分が活躍できる世界に飛び込み、活力的に生き、社会に貢献することが確実になる。 そのような目的で導入されて以来、今や社会に欠かせないものとなっている。 「アビリティスコアチェック」は、基本的に高校を卒業する年である3年生の秋に全員行うことが決まっている。 一次試験のタブレットで行う知識を問うテストと、二次試験の脳に専用の機械を当てて診断を行う検査形式のものと、その結果を元にカウンセリングを行った上で、自分に何の「能力」が備わっているか把握するための実技試験を三次試験として行い、就職や進学のコースを決定するというものだった。 この試験で得られる「能力」というものは、非常に幅広い。 基本的には、他の人間にはできないことを指す。空を自由に駆け回れる人や、火や水を生成したりすることができる人もいる。 その「能力」の種類は、大きな分類で分けても1000以上あると言われており、未だ解明されていない部分も多い。 私たちが通っている時鳥高校の近くに、「アビリティスコアチェック」の診断所があって、そこで皆診断を受ける予定になっている。 この試験で「自分の人生の大筋が決まる」といっても過言ではない。 自分が望んだ職業になれる確率を話し合うものや、何の「能力」があれば嬉しいか思考を張り巡らせる者など、クラスは異様な興奮と緊張感に包まれていた。 すると、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。 担任の柄本先生が、長い髪をポニーテールで結いて、教卓に立った。いつもは、昼休みの後も基本的にわいわい騒いでいて注意されるまでが一連の流れだが、今日は先生が入ってきた瞬間に、しんと水を打ったような静寂が訪れた。 先生は、教卓にノートを置くと、皆をぐるっと見渡した。 「皆がどういう風に社会で活躍していくのか楽しみだな。」 皆、若くて生徒に真剣に向き合ってくれる柄本先生が大好きだった。「アビリティスコアチェック」で導き出された職業は、本当に天職なんだと先生を見ていると感じる。 「じゃあ、行こうか」 先生は、私たちをぐるっと見回した後に、少しだけ寂しそうな目をして言った。先生の声を合図にして、皆立ち上がった。 いよいよ始まる。 私は、リュックサックを背負い、皆の後に続いて、教室を後にした。
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