ブドウとネクタイ

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「おはよう」  彼の声は昨日よりも低く落ち着いていた。 「お……はようございます」 「どうぞ」  彼は薄い笑みを浮かべたまま、自分の前に座るよう促す。 「失礼します」 「初めまして……っていうのもなんだか変だけど。あんた、毎日来てるもんね」  彼は背もたれに体重を預けるようにして上半身を反らした。随分と馴れ馴れしい――フランクな物言いをする男である。 「あなたも、いらっしゃってますよね」  この特等席を争うライバル。彼は肯定する代わりにひょこりと顎を突き出してから、自分のネクタイを指差した。 「これ」 (うわ! やっぱり昨日のことだ)  反射的に身を引くと、彼は頬杖をついて身を乗り出してくる。 「確かに毎日ピンクだけどさ。眼鏡の方が目立たない? 黒縁眼鏡っつーなら分かるけど」  彼の眼鏡はフレームが厚く存在感がある。けれど職業病だろうか眼鏡よりもネクタイの方が気になるのだ。
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