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・だいあろーぐ。
シャワーを浴びて、晩ご飯を済ませてから部屋に戻ると、奏は何をするでもなく、隅の方でのんびりとくつろいでいるようだった。
その姿を見て、思わず目を背けたくなる。
俺の……俺と同じ寝間着を着ているはずなのに、それなのに、どうしてこうも『違って見える』のだろう。
じっとその様子を眺めていると、奏は「兄貴?」と首を捻った。
「どうしたんだよ、ぼーっと突っ立って。
……あ、もしかして、まだ怒ってる? ごめん」
「怒ってねーよ。……つーか、何も言わずに貼った俺も悪かったし。
ここ、俺ひとりの部屋じゃないもんな」
「ん」
奏の頭をくしゃくしゃと弄んでから、隣に腰を下ろし、スマートフォンを握って、ぼんやりとゲームを始める。
すると、横にいた奏がのぞき込むような仕草をするので、俺は咄嗟に、顔を逸らしてしまった。
奏は……弟だからという贔屓などではなく、男の俺から見ても、思わずどきりとしてしまうほど、本当に綺麗な顔立ちをしている。
やや茶色がかった髪に、くっきりとした二重の目。す、と通った鼻筋。
それでいて愛想良く、人なつっこいので、今までたくさんの異性たちから好意を向けられて来たのは言うまでもない。
……けれど。
にもかかわらず、奏が誰かとつき合った事がある、という話は今まで1度も聞いた事がなかった。
以前その事について問いただした事もあるのだが、あの時は、あろう事か、実にしょうもない冗談を言われ、はぐらかされただけだった。
――俺が好きなのは、兄貴だけだから――と。
「…………」
――ただ。最近になって、ふと、思うのだ。
あの時は確かに、そんなのは冗談だと思ったし、というか今でも冗談だとは思っている。のだ。が。
たとえば、今こうして、くっついて、くつろいだりしているわけなのだが、今まではこれが『普通』だと思っていたので気にもしなかったわけなのだが、果たしてこれは、本当に兄弟としての、『普通』の距離感なのだろうか、と。
それに、部屋だって――高校生なのだから、もう、親に言って、そろそろ分けてもらったって良いのではないか、と。
そうすれば、セレンのポスターを貼ったところで、文句は言われないわけで――
「……ねえ、兄貴」
「ん?」
見ると、息がかかるような距離に、奏の顔があった。
眼鏡越しに、俺の事を、じっと見つめている。
……分からない。
少しだけ前のめりになれば、唇が触れてしまいそうな、この距離は――本当に、『兄弟としての、正常な距離』なのだろうか。
「兄貴、ぼーっとしてるけど、もうゲームやらないの?」
「……いや。なんか、別の事考えてて」
「また、このコの事?」
言いながら、奏は俺のスマートフォンの待ち受けになっている、セレンの事を指差した。
そうだと言えばそうだが、違うと言えば、違う。
口ごもっていると、奏は、「兄貴は、このコが好きなの?」と訊いてきた。
この女の子が、『本当』に、『好き』なの? と。
俺は、天井を見上げた。
「……。好きだよ」
つぶやくように、言う。
すると、奏は、「そう?」と目を伏せた。
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