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・ぷろろーぐ。
「……奏ー。ただい――」
午後、9時30分。
部屋の扉を開いたその瞬間、俺は『ま』の字を言う事も忘れ、棒立ちになった。
手の力が抜け、持っていたコンビニのビニール袋が、するりと床に落ちる。
ドサッと言う音と共に、中から肉まんやらポテチやらが飛び出し、それに反応したのか、ベッドの上で座って雑誌か何かを開いていた奏が、ようやくこちらに向いた。
「……おかえり、兄貴。おつかれさま。
今日もバイト大変だった?」
奏は眼鏡を外して立ち上がり、床に散乱した夜食たちを丁寧に拾い上げ、袋に入れ直している。
その様子をぼんやりと眺める事、数秒。ようやく意識が戻ってきて、俺は奏の肩を、わっしと掴んだ。
「ネエ、カナデサン」
「どうしたの、そんな恐い顔して」
「どうしたの? じゃねえ!
『コレ』はいったい、どういう事だ!」
「……『コレ』? ……ああ、寝間着の事?」
奏は藍色の袖を、はたはたと振った。「兄貴のだけど、別にいいでしょ。俺たち兄弟なんだし」
俺は、奏のおでこを突いた。
「そ、ん、な、話、してねえ! おまえが何着ようが、どうだっていい!
……そうじゃなくて、コレ! この、壁! だ!!」
俺は、ばん、と部屋の壁を叩いた。
朝、学校に行く前、ここに確かに貼っておいたはずのポスターが、キレイになくなっているのだ。
奏は肉まんを頬張りながら、きょとんとしている。
数回まばたきをした後で、やがて、「ああ、あれ」と俺の机の上を指差した。
「さっき剥がした。俺、ああいうの好きじゃないって、前にも言ったと思うんだけど」
「はあぁぁあ!?」
「怒んないでよ。別に、捨てたわけでもないんだから。
……ほら、ちゃんと畳んどいたし」
「セレンーーッ!!!」
俺は折り目のついた、いやついてしまった、小さくなったセレン(アニメ、『シャイニング・ドール』第2期のメインキャラのひとり)を抱きしめた。
そっと開いて、そのブロンドの巻き髪を、やさしく撫でてあげる。
奏は、はあ、と溜め息をついて、俺からセレンを取り上げた。
「……兄貴、俺が悪かったってば。そんな落ち込むなよ。
……だいたい、どうせ同じものを他にも持ってるんだろ?」
「るせえ! これは観賞用のやつなの! 今から堪能する予定だったんだよ!」
「そもそも、こんな女のどこがいいんだか」
「俺の嫁を、女呼ばわりすんじゃねえ!」
取られたセレンを、奪い返す。
奏はまた、はあ、と溜め息を吐き出した。
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