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第2話
***
苦々しい思い出を連れてくる再会だ。
すっかりあの頃の、あの人のことなんて忘れていたのに。
それでも声をかけたのは、もう大丈夫だと自分に言い聞かせるため。
それに佐倉へは感謝している。困っているところへの絶妙なフォロー、危険から救ってくれた上に、自暴自棄になっている時には目を覚まさせてもくれた。
短かったあの数日の間に、いくつ助けられたか。
大人になった今だからわかる、彼のどこまでも紳士で大人な態度を、伊織は尊敬したし、今思えば少しばかりの思慕もあったかもしれない。あの頃はユキに無我夢中でしがみついていたから気がつかなかったが、それは結果的に幸いなことだったといえるだろう。
手にしていた煙草を自然な動作でさりげなく消して立ち上がる、あの頃よりも少しやつれた、陰のある佇まいもまた、より一層大人の男を感じさせるのだ。
今は互いに、寄り添ってくれる大切な人がいる。
ここに長居する必要などこにもないのだ。
「それでは失礼いたします」
「ええ、お忙しいところわざわざありがとうございました」
互いに業務用の笑顔を貼り付けて礼を交わすと、伊織はまた取り巻きの渦に戻り、渦はロビー奥のエレベーターへと向かっていった。
アヤは火をつけてすぐに消してしまった煙草をもう一度吸う気にもなれず、席を立った。スーツのポケットからスマートフォンを取り出すと、
『お疲れ様、終わったら連絡ちょうだい』
表示されているのは、恋人からのメッセージ。
エントランスに向かいながら、通話ボタンをタップした。
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