10人が本棚に入れています
本棚に追加
それはそうだけど、とアントーネは言葉を濁した。
「『できることからやることだ』、なんだろう?」
とファミルが言う。
「ただ、そう書いてあったってだけだよ」
画材店に入れたからと言って、それが何になるのだろう、とアントーネは思った。
買えもしないのに、恥をかくだけだ。悪くしたら、万引きと間違えられるかもしれない。
しかし、ファミルは強引だった。
アントーネが黙っているうちに、さっさと一人で画材店のドアを開けてしまった。
アントーネは、仕方なく彼について画材店に入った。
「たくさんあるなあ」
店内に入ると、ファミルは、周囲もはばからず大声でそんなことを言った。
たしかに狭い店内には、色とりどりの絵具のチューブや、大小の筆がぎっしり並べられており、画用紙の種類だけでもどれだけあるのかわからないくらいだ。
先ほどまでの心配とは打って変わって、内心、アントーネは胸を躍らせていた。
ファミルは勝手に、その中の一本の絵具のチューブを手に取って言った。
「見ろ。このチューブ一本なら、パンをふたつも我慢すれば十分に買えるぞ」
アントーネは計算しようとしてみた。パンひとつの値段は覚えている。
だけど、計算するのは難しかった。
だがファミルはいつも、その程度の計算はすぐにやってしまう。
だから、きっと彼の言うとおりなのだろう。
そうだとすると、自分はずっと勝手に勘違いしていたのだ、とアントーネは思った。
彼はそれまで、絵具がいくらするものかなんて考えてもみなかった。それは贅沢品で、自分には手の届かないものだと思い込んでいたのだ。
「今週は、パン一つずつ少なく買うことにしてさ、これを買おう」
ファミルが言った。
「ファミルは減らすことないよ。関係ないじゃないか」
「そういう言い方はないだろ」
ファミルは心底不満そうな顔をする。
最初のコメントを投稿しよう!