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 だが、アントーネは気が進まない。  自分の絵のためにファミルを巻き込むことも嫌だったし、絵具をたった一本買っても、お金の無駄だと思い直していた。  実際のところ、その絵具を使うために、ほかにどんな道具が必要なのかすら、アントーネはよく知らなかったのだ。それで言った。 「絵を描くためには、ほかにも筆や、いろんな道具が要るじゃないか。  いつになったら絵が描けるのか、途方もないよ。  絵具のチューブだって、一色しかないんじゃしょうがないし。  だから、もう出よう」  アントーネがそう言うと、ファミルは落胆した顔をした。 「そうやって、すぐ諦めるんだ、おまえは。今日から一つずつ集めよう。毎週そうするんだ」  だがアントーネは、やはり気乗りしなかった。  自分は絵具の使い方も、ほかの道具のことも知らないのだ。  仮に絵具が手に入ったにしても、ちゃんとした絵が描けるなんて、とても思えない。 「やめようよ」  と言いかけて、アントーネは、ふと別の棚に眼をやった。  そのとき、これだ、と(ひらめ)いた。  これなら描ける、と。  それは白墨(チョーク)だった。  チョークに眼が留まったのは、それを見た時、あの噴水前の粉だらけの男性を思い出したからだろう。  それに加えて彼はまた、水瓶に書いてあった文言をも思い出した。 「こっちにする」  アントーネは喜んで言った。  値段だって、これなら、自分がパンひとつ我慢すればいい。  チョークはパンの値段より安かった。それは彼にもわかったのだ。  そして、チョークを一本買うと、あとはいつもどおりにパンやチーズに野菜を一週間分買って、また公園へ戻った。もちろん、アントーネは、パンをひとつ、いつもより減らしたけれど。 「で、それ、どうするのさ」  ファミルが訊いた。
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