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 噴水のところに、さっきの男の人はもういなかった。  アントーネは、その人が座っていた場所まで行って、水瓶を持った女性像を見上げて言った。 「できることからやるのさ」  そして、噴水前の茶褐色の石畳の上にしゃがみこんで、チョークを当てた。  絵を描くのは、ほとんど二年ぶりだ。  だけど地面にだったら、今でも描けそうな気がした。 「まずは練習するんだよ」  とアントーネは言ったが、ファミルはつまらなさそうな顔だ。  アントーネは石畳の上に絵を描き始めた。  それは、噴水の女性像にそっくりだった。  周囲を歩く人々は皆、初めは無関心に通り過ぎて行った。  しかし、女性像の絵がはっきりしてくるにつれ、足を止める人が増えてきた。  銅貨がひとつ、投げられた。  アントーネが振り仰ぐと、それを投げた紳士はにっこり笑い、帽子をかぶりなおして、手振りでアントーネに絵を続けるよう勧めた。 「ありがとうございます」  アントーネとファミルは、びっくりしながらも同時にそう言い、ファミルがそれを拾った。  すると、ほかの何人かの”観客”も、銅貨を投げてくれた。  絵が完成すると、観衆は笑顔で拍手をくれた。 「また描けよ」  と声をかけてくれる人もいた。  観衆が去ってしまってから、二人はベンチに座り、ファミルがポケットに入れておいたお金を出して数えた。  二人は、指折り数えて計算した。だいぶ時間がかかったが、たぶん、その集まった銅貨で、パンが三つは買えそうだ。 「パンを一つと、絵具を一本買おう。それがもし毎週できたら……」  ファミルがわくわくした様子で言った。  だが、アントーネは迷っていた。
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