第六話

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第六話

     七月。  夏休みが始まった直後に、三泊四日のクラス旅行があった。クラス全員ではなかったが、僕も雪野さんも参加。昼は観光、夜は大部屋でコンパという楽しい時間を過ごしたのだが……。  二日目の夜。  大勢(おおぜい)で騒ぐことに疲れた僕は、縁側のような場所を見つけて、一人でボーッと外を眺めていた。  すると。 「富田くん、こんな場所にいたのね」  ふらふらっとやってきた雪野さんが、僕の右隣に腰を下ろす。それこそ、肩と肩が触れ合うくらいの距離で。 「何してたの?」 「別に。何となく、月を見ていた」  適当に受け流したのだが、僕の言葉に釣られるようにして、雪野さんも夜空に目を向ける。 「きれいね。満月じゃないし、雲も少しかかってるけど……。かえって風流な感じ」 「うん。でも僕には、あの月よりも雪野さんの方が美しく見える」  夜空を見たまま、そんな台詞を口にしてみる。気持ちを告白して以来、これくらいは平気で言えるようになっていたが、雪野さんの対応は案の定だった。 「やだなあ、富田くんったら。そういう言葉、田辺先輩から聞きたいんだけどなあ」  そう言ったきり、口を閉ざす雪野さん。  少しの間、黙って二人で、月を眺める形になった。  雪野さんにとっては「友達と二人で」だろうが、僕の方では違う。好きな人と密着しているのだ。ドキドキしてきた。  知らない人が今の僕たちを見たら、良い雰囲気に思うかもしれない。雪野さんにその気がないのは知りながらも、つい僕の心は盛り上がってしまい……。  そっと右手を動かして、彼女の左手の上に重ねてみる。  すると。 「富田くん、それは駄目よ」  彼女は視線を夜空に向けたまま、拒絶の言葉を口にした。敢えて僕の手を払いのけようとはせず、口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。 「好きな人と触れ合いたい気持ち、私だってわかるけど……。でも私と富田くんは、ただの友達よね?」 「……うん」  頷くと共に、重ねた手を戻す僕。  すると彼女は、僕の方に顔を向けた。表情は苦笑いだが、目だけは真剣に見えた。 「だから、そういうのは想像に(とど)めるようにしてね」 「……想像?」 「そう。ほら、男の子って、その……。自分で処理するのよね?」  彼女が何を言い出したのか、一瞬、意味がわからなかった。でも、続く言葉を聞くうちに、僕は目を丸くしてしまう。 「だから、妄想の中なら、いくらでも……。手を繋ぐだけじゃなくて、私とキスするとかセックスするとか、そういうの想像しながらオナニーしても構わないよ」  それまで僕は、雪野さんとのセックスを想像したことなんて一度もなかった。付き合いたいけれど付き合えない、だから具体的に思い描いてはいけない、そう思ってきたのだ。  しかし。 「……気持ち悪くないの?」  口ではそう返しながらも、僕の視線は、雪野さんの全身を舐め回すように彷徨(さまよ)ってしまう。服の上から、中の裸を推測するみたいに。  僕の目の動きには雪野さんも気づいていたし、その意味も理解していたはずだが、 「大丈夫だよ。富田くんは、片想い仲間だからね。富田くんの気持ち、受け入れられないけど、理解はできるもん。だから……」  ここで雪野さんは、ニッコリと笑ってみせる。 「想像するくらいは、止められないよ」  天真爛漫の笑顔で言ってのける雪野さんを見て。  これが彼女なりの優しさなのか、と僕は思うのだった。 ――――――――――――  結局。  大学四年間、僕は雪野さんを想い続けていた。  一方、雪野さんの方では、田辺先輩から他の男に気持ちは移り、いくつもの片想いを繰り返す形になった。  その全ての顛末を、相談相手である僕は、克明に聞かされて……。  今年から、社会人になった雪野さん。  現在では、職場の先輩に恋をしているそうだ。 (「その失恋は始まりだった」完)    
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