第一話

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第一話

    「ごめんなさい。好きな人がいるから、富田くんとは付き合えないわ」  電話越しに聞こえる声。  普通ならば、これで終わりになるはずだった。  でも。  むしろ僕の初恋は、それから始まったのだと思う。 ――――――――――――  授業が選択制となるせいか、大学は中学や高校とは違って、あまり『クラス』という集団が意味を持たないようだ。  でも僕の学部は人数が少なく、クラスは二つだけ。必修授業はクラスごとだから、選択する授業も同じになりやすく、クラス単位で行動することが多かった。  そして最初のクラスコンパで、たまたま隣に座ったのが、雪野さんだったのだ。 「富田くんは、もうサークル入った?」 「サークルって、テニスサークルとか、そういうやつ?」 「あらまあ。ずいぶんと月並みな物言いをするのね、富田くんは」  カラカラと笑う雪野さん。  これが、彼女との最初の会話だったと思う。  中学も高校も男子校の僕は、女の子と話をするのは苦手という自覚があっただけに、雪野さんに対する第一印象は「気さくに話しかけてくれる、喋りやすい女性」というものだった。 「私が入ったのは、音楽サークルよ。あっ、音楽といっても、ロックとか軽音とか、ああいうのじゃないの。クラシック音楽のサークルで……。富田くん、クラシック音楽って、どれくらいわかる?」 「ごめん、よくわからない。ベートーヴェンとかモーツァルトとか、そういう感じかな……?」 「あら、ちゃんとわかってるじゃないの。それで私が好きなのは……」  僕が知らない人名を挙げる雪野さん。おそらく作曲家だろうが、もしかしたらピアニストの名前だったのかもしれない。  というのも、続いて彼女が語ったのは、小さい頃からピアノを習っていた、という話だったからだ。  クラシック音楽にせよピアノ演奏にせよ、僕には理解できない世界であり、音楽全般の話よりも彼女個人の話の方が興味深かった。  これといって特に趣味のない僕には、雪野さんがとても眩しく思えた。好きなことを夢中になって喋る姿は、ただそれだけで輝いて、魅力的にすら見えたのだ。  そもそも、女子との会話に慣れない僕にしてみれば、僕の方から率先して話す必要がなく、耳を傾けているだけでいいのは、(ラク)だったのだろう。  いや正確には、(ラク)というよりも……。  ほのかに髪の匂いが漂ってくるこの距離で、彼女と一緒に居られることに、喜びすら感じていたのだ。 「富田くん、聞き上手なのね。お喋りしていて、すっごく楽しいわ」  彼女の言葉にドキッとした僕は、いわゆる一目惚れをしていたらしい。    
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