蝉の鳴く声

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蝉の鳴く声

d66498e2-c3dc-41fe-ac51-51a1933d723b    1  わしわしと辺りに騒音が鳴り響いていた。  家のすぐ後ろまで迫る山の木々から聴こえてくるのは、アブラゼミやクマゼミなど、数え切れないくらい沢山のセミの鳴く声だ。  春まで住んでいた家の周りにも、夏になれば沢山のセミが出てきたけれど、こんなに大きな音になるほどじゃなかった。  目覚まし時計よりも早く目が覚めてしまうほどに、その鳴く声はとてもうるさい。  僕は眠たい目を擦りながら起き上がると、あくびを一つしてから服を着替えた。  新しく建て直したおばあちゃん家の二階のひと部屋、そこが僕の部屋だった。  時刻は午前6時過ぎ。  遅れて鳴り出した目覚まし時計を止めてから、僕はとぼとぼと一階に下りる。  台所に顔を出すと、おばあちゃんとお母さんは朝ご飯の準備に取り掛かっていた。 「おはよう」  僕が挨拶すると、 「(かける)ちゃん、おはよう」 「おはよう、翔」  と二人も返事する。  それから遅れて降りてきたおねえちゃんと一緒に縁側に出ると、お父さんが古臭いラジカセ(カセットなんて聞いたことがない)を準備して待っていた。 「起きたな、二人とも。遅いぞ」  お父さんはにやりと笑った。 「お父さんが早すぎるのよ」  おねえちゃんが口を尖らせていうと、お父さんは「ははは」と笑い、 「さて、じゃあはじめるか」  言ってラジオをつける。  歪んだスピーカーから、NHKのラジオ体操が大きな音で鳴り始めた。  これだけ大きな音で鳴らしてもご近所さんから文句を言われないのは、ここが一番近いお隣さんの家まで歩いても、十分くらいかかる距離がある、田舎の片隅だからだ。  見渡す限り、山、山、山。  去年の冬におじいちゃんが死んじゃったのをきっかけに、僕らの家族はおばあちゃんと一緒に住むために、こんな田舎まで引っ越してきたのだ。  僕もおねえちゃんも当たり前のように引っ越しに反対したけれど、でも結局その願いをお父さんもお母さんも聞いてはくれなかった。  お父さんもお母さんも元々はこの田舎に住んでいたから、いつかはこうして戻ってくるつもりだったらしい。  お父さんは今、この田舎を盛り上げるんだと言って、町のイベント会社に転職して働いている。  僕もおねえちゃんもその所為で学校を転校させられて、いい迷惑だった。  まだ仲のいい友達もできてないし(おねえちゃんは早くも友達ができたらしい)、何より、登下校がいつもお母さんの車になるから、せっかくクラスメイトに遊びに誘われても、気軽に遊びに行くこともできなかった。  おまけに、夏休みに入ってからというもの、僕はこの何もない田舎の片隅の家で、本を読むか、テレビを見るか、そうでなければゲームをするくらいしかやることがなかった。  ほしい本やお菓子を買いに行こうにも、一番近いコンビニですら車で十数分、小さな寂れた商店街まで行くにも三十分くらいかかるほど遠い。  お母さんに車を出してもらうこともできるけれど、 「また? いったい何を買うつもり?」  そう聞かれるのが面倒くさくて、なかなかお願いする気にもなれなかった。  お父さんやおねえちゃんとの日課であるラジオ体操が終わり、家族皆で朝ご飯を食べる。  おばあちゃん家に引っ越してきてから、うちの朝ご飯は和食になった。  お米に味噌汁、そして焼き魚と煮物。  朝からこんなに食べられないし、僕はパンの方が好きだった。  けど、文句は言わない。おばあちゃんがせっかく作ってくれたからだ。  おねえちゃんは三日に一回は文句を言っているけれど、お母さんはその全部を容赦なく「はいはい」ですませていた。  朝ご飯を食べ終わると、お父さんは会社に出掛ける。 「じゃぁ、行ってきます」 「いってらっしゃい」  お父さんを見送って自分の部屋に戻ろうとしたところで、居間からおねえちゃんが出てきた。  靴を履き、玄関扉を開けようとしたところで、 「どこへ行くの?」  と僕はおねえちゃんにたずねた。  おねえちゃんは眉間にしわを寄せながら、 「友達の家だけど」 「自転車で?」 「……何よ。文句ある?」 「ううん、別に」  僕の答えに、おねえちゃんはフンっと鼻を鳴らすと、大股で家から出て行った。
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