5人が本棚に入れています
本棚に追加
法力合戦
牧師は教会の預言者や悪霊追い出しなどの能力を持った者など数名で大阪の西成にある瑞宝正法会大阪道場へ乗り込んだ。洋子は夏にやってきたが、その年の秋になっていた。高速道路から紅葉が色づいているのが目についた。牧師も預言者も悪霊払い師もたかをくくっていた。
「たかが悪霊ではないか。神の力がいかに偉大か見せてやる」
そんな意気込みで乗り込んだのであった。
瑞宝正法会大阪道場は西成の花園町のビルの二階にあった。ここは西成でも、西日本最大のホームレスの町である釜が先からは少し離れていて、ビルや家屋が建ち並ぶ普通の町であった。そのビルの一角に五階建てのビルがあり、車をビルの広い駐車場に入れると、牧師一行は一階の看板を探した。すると確かに「2F・瑞宝正法会大阪道場」と書かれていた。預言者が言った。
「何か悪霊の嫌な雰囲気を感じます」
「そうか?わしは何も感じへんけどなあ、さすがは預言者やなあ」
牧師は感心した。そして一行はエレベーターを登った。エレベーターが開くと、まるで待ち構えていたかのように和風の障子を隔てた入り口があった。障子の向こうから牧師は叫んだ。
「○○キリスト教会の真藤です。教祖さんに会いにきました」
待ってましたとばかりに障子が開いた。障子を開けたのは元警察官の道場長であった。牧師一行は教祖のいる部屋へ通された。どこもかしこも畳が敷いてあった。
「私が戸田瑞宝です」
生き神様は丁寧に挨拶をした。正座したままであった。牧師一行も正座した。いよいよ法力合戦が行われるのだ。
先ずは教祖が叫んだ。
「悪霊退散、ノーマクサンマーダーノーマクサンマンダー!」
牧師と悪魔祓い師も叫ぶ。
「イエス=キリストの名によって命じる!悪魔よ!出ていけ!」
教祖は長い数珠を持ったまま九字を切って大声で叫んだ。
「邪教の耶蘇の霊!出ていけ!ノーマクサンマンダー、キエーイ!」
「いかん、この悪霊は強すぎる!」随行していた信者の一人と悪魔払い師が同時に叫んだ。
「こんなはずはない。真の神が悪霊に負けるわけがない。悪霊め、出ていけ!イエス=キリストの名によって命じる、出ていけ!」
その間、信者達は異言でお祈りをする。異言とマントラが対峙する摩訶不思議な空間が出来上がった。
法力合戦は一時間も続いた。しかし決着がつきそうにない。その時、教会の信者の一人が牧師に言った。
「牧師様、ここは一旦退散しましょう。私に考えがあります」
「わかった」と言った後、牧師は教祖に告げた。
「教祖さん、これでは決着がつきませんよってに、我々は一旦退散しますわ」
「逃げるのか?」
「いえ、モーセとヨシュアの戦術で少し話し合ってきます」
「あいわかった」
こうして牧師一行は一旦外に出た。そして話し合った。こんな時にかつての預言者やイエス=キリストは何をしたか考えて、聖書を調べたのである。そしてモーセがエジプトのパロ(ファラオ)の前でやってのけたようなことはできないと結論が出た。それではヨシュアのようにカナン人の要塞の周りを回るというのはどうか?という意見も出た。しかし、どれもこれもうまくいきそうにない。そうみんなが考えていた時、牧師が唐突に教会員達に質問をした。
「みんな、お祈りはしたか?キリストは『この手のものは祈りによらなければ出て行かない』と言っているぞ」
「私は祈りました」
「私はこのことについては真剣に祈っていません。それよりも正確には『祈りと断食』と書いてあるのではないですか?」
そう。祈りと断食によらなければ出て行かないとイエス=キリストは言っているのだ。そこで断食をした人間はいないか牧師が尋ねた。
「昨日断食をした者は手をあげなさい」
誰も手をあげなかった。すると信者の一人が唐突に牧師に尋ねた。
「牧師先生は断食したのですか?」
「---いや、実は---していない」
一同に重い空気が立ちこめた。相手は悪霊中の悪霊である。これに断食もせずに立ち向かおうとしたというのか?カトリック教会の本物のエクソシストは必ず悪魔払いの前には断食をするものである。
「これは困ったことになった。では今日はいったんは引き上げるか?」
それに対し、預言者は言った。
「何を言うのです。ここまで来て悪霊を目の前にして引き下がれというのですか?」
これに対し、牧師夫人が言った。
「でも、誰も断食さえしてないのよ。準備不足よ」
こうしてキリスト教側の話し合いは三十分も続いた。中では教祖がしびれをきらせていた。そしてたまりかねた教祖は本殿から外へ出てきた。
「おい、キリストの神は何もしてくれないではないか?それとも逃げ出す気か?」
「いや、逃げるわけではありません。戦術を考えたのですが、よい戦術が思い浮かばなかったので、今日はこれで退散します」
「そうか、ではまた」
こうして法力合戦は中止となった。しかし、翌日に教祖がとんでもないことをSNSに書き込んだのだ。
「逃げたキリスト教!九月十一日、キリスト教会が我々に法力合戦を挑んできたが、卑怯にも逃げ出した。生き神の力は絶大である。それに対してキリスト教というのは通り一辺倒の道徳を説くだけで力はない!」そして教会のホームページにも書いてきた。
「あなた方は我々に法力合戦を挑みながら逃げ出した。これでは日本にキリスト教が広まらないわけだ」
牧師は激怒した。しかし敵の祝福を祈らなければならない、復讐は神がなさるという教えをそのまま実行し、敢えてこれ以上何もしなかった。
肝心の洋子の方はキリスト教会が気に入ったのか、二度と母親のところへは帰ろうとはしなかった。こうして月日は流れた。
(六)
法力合戦の一年後、生き神様に異変が起こった。それは生き神様が大阪の道場に来ている日のことだった。瑞宝正法会の信者の大半は本部の福井にいるが、次に多いのが大阪であった。だから戸田瑞宝はしょっちゅう大阪に来ていたのだった。
大阪での講演の途中で生き神様が急に具合が悪くなったのだ。
「うーん、今お稲荷様を呼んでいるんじゃが、何か気分が悪い。おい、鍋島、布団を持ってこい」
そう言ったかと思うや、講壇で倒れ込んでしまったのだ。
「狐じゃ、狐の仕業じゃ。ケーン、ケーン」
洋子の兄の祐輔が生き神様に駆け寄った。同時に道場長も生き神様に駆け寄った。
「あなたはどなたですか?」祐輔の問いに生き神様は答えた。
「わしは讃岐の金比羅の眷属の白狐じゃ。苦しい、苦しい、油揚を供えよ」手足をばたつかせながら生き神様は苦しそうに言った。
「誰や?こんな悪霊を道場に持ち込んだのは?最近金比羅様に参った者はいるか?」道場長が叫ぶ。すると一人のご婦人が手を上げた。
「あのー、私の主人の里が香川でして、私は主人と子供を連れて金比羅様に参詣致しました」
そのご婦人が言ったかと思うと、生き神様は、その婦人を指したまま気絶してしまった。そして口から泡を吹き出した。
「ご祈祷や、ご祈祷や。それから誰かお三宝に油揚をのせて持ってこい」と道場長が命令する。
道場長の先導で祈祷が始まった。しかし、相手は生き神様である。祟られぬように慎重に、あくまでも慎重に事を進めなくてはならない。
道場長は一心不乱に祝詞を詠み上げた。そして「ケーンケーン」と叫んでいる生き神様の耳元で囁いた。
「白狐様、どうかこの生き神様から離れて下さい。そしてこの方をいやしてください」
すると生き神様の顔は一面蒼白になり、胸を引っ掻き始めた。
「苦しいぞ、鍋島。苦しい、白湯を持って参れ」
道場にいた信者の一人がヤカンに白湯を入れて持ってきて生き神様の枕元に置いた。
「うーん、苦しいのじゃ。油揚を持って参れ」
生き神様は言った。また信者の一人が油揚を持ってきた。生き神様はその油揚には見向きもせず、「苦しい、苦しい」と呟いていた。そして、そのつぶやきは徐々に小声に変わっていった。
やがて生き神様は胸を引っ掻いたまま苦しそうに天井を見上げ、かっと目を見開いたまま往生した。心筋梗塞であった。
*
生き神様の葬儀が終わると、福井の教団本部では、次の教祖を決めることになった。しかし、生き神様が生前から次期教祖を自分の娘に指名していたので、何の問題もなく、娘の戸田祥子が二代目の戸田瑞宝になった。
このことで教団を離れる信者はいなかった。洋子の母親や兄もそうであった。ただし、二代目の戸田瑞宝には神通力がなかったので、その後は「生き神様」の敬称は消えてしまった。
二代目の戸田瑞宝はお金にはうるさくなかった。だから洋子の母親も教団のために散財することは徐々になくなっていった。しかし、やはり家計は火の車であった。
洋子の母は兄の祐輔に呟いた。
「祐輔、生き神様が生きていた頃にはうちにも十分な蓄えがあったのに、どうしてこうも『おかげ』がなくなってしまったのかねえ。洋子が逃げ出したから神様がお怒りになったのかねえ?」
「母さん、俺もそう思う。問題は洋子や。あいつさえ黙ってお祓いを受けていたらもっとましな生活が送れていたのに---」
その二人の言葉には洋子のお金で何とかやって行けたという自覚が片鱗もなかった。
しかし、いくら待っても洋子は帰ってこない。既に洋子には母や兄とは別の人生があったのだ。
*
一方、洋子は教会で洗礼を受けた。洗礼はキリスト教徒になったという証明であるが、その方法には二種類ある。頭から水を垂らすだけの滴礼という方法と全身を水に浸ける浸礼という方法であるが、洋子の教会は浸礼であった。既に洋子は聖書を何度も読んでいたし、キリスト教のことは完全に頭に入っていた。
先ず、聖歌が歌われて、その後浴槽のような所に洋子が入った。そして使徒信条(キリスト教の教えと信仰の内容を簡潔に書いたもの)を読み上げ、それから牧師が言う。
「父と子と聖霊、すなわちイエス=キリストの名で汝に洗礼を施す」
そして体ごと浴槽に浸かって、また聖歌を歌う。こうして洋子はクリスチャンになった。勿論、瑞宝正法会の水垢離のように下着だけではない。きちんと洗礼着という白い衣を着て行われた。
そして、クリスチャンになったことは手紙で母にも伝えた。
しかし、母と兄は苦々しい思いでいっぱいであった。大事な洋子がこともあろうに耶蘇なんかになってしまったことが悔やまれてならなかった。
洋子の家では母と兄が話し合っていた。兄は近くのスーパーでアルバイトが決まったばかりであった。
「祐輔、大変や。洋子から手紙や。何でも耶蘇になってしもたらしいわ」
「何?誰のおかげで生きてきたと思ってるんや?そんな妹はもう知らん」
「まあまあ、手紙読んでみて。色々と書いてあるわ」
「どれどれ、何?『私は今はこの教えが正しいと思ってます』やと?あの淫乱娘が耶蘇になってどないなるねん?何?『これで私の罪は許されました』やと?淫乱の罪なんか一生消えんわ。地獄行きじゃ」
兄はいまいましく思い、まるで汚いものにでも触れたかのように手紙を見ながら言った。
そして二人で話し合った結果、二人が洋子のいる教会へ行くことになった。
*
二人は地下鉄で大阪駅まで出て快速に乗った。二人とも大阪を出たことがあまりなかったので、電車の中で語り合っていた。
「祐輔、洋子は戻ってくるかなあ?」
「母さん、心配することないよ。でも生き神様が生きていた頃には色々あったよなあ」
「ああ、でも今の教祖様は十五歳や。どうなることやら」
「でも教団本部へは大阪道場長の鍋島さんが行ってるし、大丈夫やと思うよ」
「そうかい?でもこの電車はなかなか着かないねえ。一体洋子はどこまで逃げていったんだ?」
「よっぽど俺たちにつかまりたくなかったんや。こんな遠くまで逃げるなんて---」
「あの子はまだ悪霊が憑いたままなんよ。生き神様がいる時に払ってもらったらよかったのに---」
「何でもキリスト教会でも悪霊払いをやってるって手紙に書いてあったけど---」
「耶蘇の悪霊払いなんか信用できるかい。やはり生き神様の悪霊払いが一番や。それから私は御霊分けしてもらっている。お前もしてもらっているやろう。これで洋子の耶蘇の悪霊を払うんや」
こんなとりとめもない話を二人は続けていた。そして一時間くらい経っただろうか。電車は目的の駅に滑り込んだ。
「ここかい。田舎やなあ」
「ああ、お狐様やお狸様でも出そうな所や。洋子もどうせ耶蘇の教会で狐か狸に化かされているに違いない」
電車から降りると二人は教会目指して歩き始めた。駅から二キロと書いてあったからまだまだある。住宅地だと思っていた所が田園に変わっていった。二人はまだ話し合っていた。
「ええか、祐輔。先ずは牧師とやらいう奴は狸か狐なんやから、それを払って、それから洋子を取り戻すんや。洋子には巳様も憑いてるからなあ、よっぽど用心せなあかん」
「分かってるって」
田んぼ左に見ながらしばらく歩くとコンビニが見えてきた。住宅地である。
「よし、ここを左へ曲がったら十字架が見えてくるはずや」
「うん」
すると住宅地の一角に確かに十字架が見えてきた。二人の足は速まった。あれが洋子を掠っていった教会なんだ。あの中に洋子はいる。そう考えて勇んで教会へ乗り込んだ。
先ずは母親がブザーを鳴らす。遠くから「はいー、どなたですか?」という女の人の声が聞こえる。
「ここに誘拐された川本洋子の母親です。悪霊退治に参りました」
「兄の祐輔です。出てこい!悪霊!」
牧師夫人が出てきた。
「まあ、何ですか?一体。洋子さんは今仕事に行ってます」
「仕事というのは夜の仕事ではなかったのですか?」
「何ですか?『夜の仕事』って」
「あの子は淫乱娘じゃ。夜の仕事で男にお触りをしてもらって儲けているはずや。出せ!」
「出せと言われても今いません。仕事です」
「一体何の仕事や?」
「コンビニの店員ですが」
「ええい!面倒や!」そう言って母親は数珠を取り出した。兄も数珠を取り出した。そして大声でマントラを唱え始めた。
「ノーマクサンマンダノーマクサンマンダ悪霊退散!」
「ノーマクサンマンダノーマクサンマンダ悪霊退散!」
牧師夫人はあまりのことに驚いたが、こんな人の対応には慣れているのか、落ち着いて語り始めた。
「ここはキリスト教会ですから悪霊なんかいません。それよりも今牧師先生を呼んできますからしばらくお待ち下さい」
その間も二人はマントラを唱え続けていた。しばらく経って牧師が出てきた。そして玄関先で大声で叫んだ。
「イエス=キリストの名で命じる!悪霊!出て行け!」
すると二人は玄関先に倒れ込んで、兄が口から泡を吹き始めた。
何人かの信者らしき人達が、この母親と兄を教会の中へ担ぎ込んだ。二人は大鼾をかきながら控え室で寝込んでしまった。
夜、洋子が帰ってきた。そして牧師からことのあらましを聞くと、二人の寝ている控え室へ飛んでいった。
「お母さん、お兄さん、一体何?なんでここがわかったの?」
二人はムックと起き出して、先ずは母親が口を開いた。
「この淫乱娘が!家出なんかしおって。さあ、大阪へ帰るんや」
「嫌です!」
洋子ははっきりと拒絶の意を表した。
「この子は誰のおかげで大きくなったと思っているんや?さあ、大阪へ帰るんや!」母は鬼の形相で叫んだ。そこへ牧師が入ってきた。
「まあまあ、川本さん。ここは本人から意思を聞くのが大切やと思いますけど。本人はもう二十歳を超えているのですから」
そこで祐輔の出番である。
「洋子、大阪へは帰らへんつもりか?」
「私、あんな所絶対に帰りません」
母親が割り込んだ。
「まあまあ、一体どこでこの子はこんな子に育ってしまったんだろうねえ。昔はあんなによく言うことを聞く良い子やったのに---」
「何を言うの?お母さん。私がお母さんの言うことを聞いて今までどれだけお金を払ってきたと思ってるのよ?」
その言葉を聞いて母親は洋子ではなく、牧師にくってかかってきた。
「牧師さんとやら。この子は昔は本当に良い子で、親に刃向かったことなんかなかったのですよ。一体あなた達は『親に刃向かえ』とでも教えているのですか?」
牧師は母親は無視して洋子に言った。
「洋子さん、これは迫害です。闘いましょう」
「はい」
この牧師と洋子のやり取りを聞いた祐輔は負けてはならじと思い、母に言った。
「母さん、俺たちも戦おう。耶蘇なんかに負けてたまるか!」
「わかってるわい」そして二人はまたマントラを唱え始めた。
「ノーマクサンマンダノーマクサンマンダ悪霊退散!」
「ノーマクサンマンダノーマクサンマンダ悪霊退散!」
洋子は教祖が死んでも信仰を捨てない二人に呆れかえり、何も言うことがなくなった。しかし牧師は立ち向かっていった。
「悪しきもの、イエス=キリストの名によって命じる!出て行け!底知れぬ所へ入ってしまえ!」
そして異言で何か唱え始めた。
「バラバラバラバラあーイエス様あーイエス様バラバラバラバラ」
そうしているうちに母親に何か入ったのか、床に倒れ伏して叫び始めた。
「わしじゃ、わしじゃ。わしは戸田瑞宝じゃ。うーん、苦しい、我は地獄で王になったが、何かに責められて苦しいのじゃ!ケーンケーン、油揚をもて」
「生き神様や!」祐輔は叫んだ。
「生き神様、この耶蘇の誘拐魔をやっつけて下さい」と祐輔は言った。しかし、降りてきた戸田瑞宝は「苦しい、苦しい」を繰り返すのみであった。
「戸田瑞宝を名乗る悪霊、出て行け!」牧師が叫んだ。
洋子はただ成り行きを見守っているだけであった。そして母親に入った戸田瑞宝の悪霊はとんでもないことを喋り始めた。
「この子は金のなる木じゃ。じゃからわしはこの子を奪われた時に苦しかったのじゃ。やい!牧師とやら、金を持ってこい!この金のなる木より多くの金を持ってこい!」
その様子をじっと見守っていた洋子は祐輔に向かって言った。
「お兄ちゃん、これで分かったでしょう。この宗教は悪霊よ。今すぐに出よう」
これに対して兄の祐輔は言った。
「いや、これは狐か狸の仕業や。この教会には古狸や古狐が憑いていた俺たちをたぶらかせているんや。狐狸の霊よ、何か喋れ!」
すると母親は髪を振り乱しながら言った。
「わしは戸田瑞宝や。狐狸の類いではない。今地獄に落ちて苦しいいんや。牧師とやら、わしを救ってみろ」
「戸田瑞宝を名乗る悪霊、この者から出て行け!」牧師は叫んだ。
そしてまたもや異言で何か言い始めた。
「バラバラバラ、あーイエス様、この悪霊を追い出して下さい」
すると母親に憑いていた戸田瑞宝の悪霊は、またとんでもないことを語り始めた。
「地獄の沙汰も金次第じゃ。百万円もってこい。そうすれば、この洋子とやらいう淫乱娘はここに預けてやる。地獄の大王であるわしに今すぐ百万円を用意せよ」
牧師も信者も何も言えなくなってしまった。こんながめつい悪霊は見たことがなかったからである。しかし、以外なことに洋子が口を挟んだ。
「百万円持ってきたらお母さんから離れるんやね。それなら私にはそれくらいの預金はあるから私が用意します」
驚いた牧師は洋子に言った。
「洋子ちゃん、こんな悪霊の言うことを聞いたら駄目ですよ。そんなお金は用意しなくてもいいです」
「いや、用意します。今すぐには無理ですけど、後日現金書留で送ります。それでもうええでしょう?もうここには来ないで下さい」
こうして洋子が百万円を用意することで話は決着がついた。
やがて二人は帰っていった。
最初のコメントを投稿しよう!