教祖になった祐輔と困った母

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教祖になった祐輔と困った母

(七)  瞬く間に次の夏がやってきた。瑞宝正法会大阪道場では二代目戸田瑞宝を招いて講話が開かれていた。洋子の母と兄も参加していた。彼らは先代の戸田瑞宝の霊が「地獄の王」と名乗ったのに考えを変えようとはしなかったのである。  二代目戸田瑞宝には知的障害があった。だから教団の運営なんかできるはずもなかった。しかし、この若いお嬢様にも戸田瑞宝の霊が宿っていると信じられ、今でも二代目の痰や耳垢を持って帰って病気の人間に飲ませたりしていた。  そして、あろうことか、この二代目戸田瑞宝と洋子の兄の祐輔が結婚することになった。  祐輔は当然婿養子という形で福井の教団本部に入った。盛大な結婚式も行われたが、勿論そこに洋子の姿はなかった。  祐輔は教団の資金を我が物にし、以前の貧乏暮らしから完全に訣別した。月並祭のお玉串料も御霊分けのお金も献金もみんな祐輔の懐に入るようになった。あの鍋島道場長も祐輔にかしずくようになった。祐輔は福井の自宅に税を懲らせた調度品を置き、ポルシェに乗って信者の家や全国の道場を回るようになった。そして家には寄りつかなくなった。従って母親はまだ貧乏なままであった。祐輔には戸田橘の尊という称号が与えられた。まさしく地獄の王になったのである。  洋子の母は祐輔にお金の無心をするようになってきた。しかし祐輔は母には一銭たりともお金を渡さなかった。  祐輔と二代目戸田瑞宝が大阪に来る時には決まって母親が祐輔に金の無心をした。  「祐輔や、後生だからお金を貸しておくれ。このままではわしは生活保護や」そう言って講演が終わった後の祐輔の着物にまとわりつくのである。その度に祐輔はこの哀れな老婆をこっぴどく叱り飛ばすのであった。  「ええい、邪魔や!どけ!この乞食ババアが!わしは畏れ多くも戸田橘の尊であるぞ!金なら耶蘇の淫乱娘から頂け!」  「そない言わんと十万だけ貸してえな?」  「くどい!そこな老婆!わしは誰じゃ?」  「祐輔やないか?」  「馬鹿者めが!わしは戸田橘の尊や!失せろ!」  そこへ二代目戸田瑞宝がやってくる。  「あなた、この人だーれ?」  「乞食や」  「祐輔、何てこと言うの?あんたを育てたのは私なんよ」  「ええい!知らん知らん!」  こうして洋子の母は貧乏なままであった。しかし祐輔はどうしてこうも変わってしまったのだろうか?そう母は思った。そこには祐輔が悪霊に取り憑かれているなんていう発想は微塵も浮かばなかった。悪霊に取り憑かれているのはあくまでも耶蘇になってしまった洋子なのであった。 *  やがて教団に事件が発生した。二代目の戸田瑞宝、すなわち祐輔の妻の具合が悪くなったのである。元々知的障害を持ち、体も丈夫ではなかったのだ。戸田瑞宝は寝込んでしまった。そして寝込んでから数ヶ月後に息を引き取った。  こうして、祐輔が三代目の戸田瑞宝になった。彼に特別な能力があったわけではない。しかし教団のナンバー2であったのだ。彼が戸田瑞宝を名乗ることに信者の誰からも異論はでなかった。  祐輔は、戸田瑞宝を引き継いでからは誰にも会おうとはしなかった。それは祐輔の母も例外ではなかった。  母がお金に困って福井の教団本部を訪れると、決まって追い返された。  そんなある日、教団本部の正門で祐輔の母は祐輔(戸田瑞宝)にばったりと出くわした。  「祐輔や。後生だからお金を貸しておくれ。お前は教祖だからいっぱい金を持ってるやろが」  開口一番そう告げた母に対して祐輔は冷たかった。そして居ずまいを正すと、厳粛に、このご婦人に述べたもうた。  「そこな婆、何用ぞ。わしは生き神、戸田瑞宝なるぞ。金の無心とはこれいかに。金は働いて得るものぞ。そう先々代の教祖も言うていたではないか」  「そんな冷たいこと言わんと、母さんを助ける思うてお金貸してえな」  「無礼者!わしを誰だと思っている?生き神なるぞ!金を出せとは何事か?」  この態度に母は切れ、そして壊れてしまった。  「お前は誰のおかげで大きくなったと思っているんや?親の恩を忘れたのか?お前が引きこもっていた間も食べさせてやったのはどこの誰や忘れたのか?」  しかし祐輔は動揺しなかった。彼は今や教祖なのである。そして生き神様なのである。もう一度祐輔は居ずまいを正して宣言した。  「そこな乞食ババア!しつこいぞ!お前には水商売の淫乱娘がいるではないか?」  「洋子のことかい?あの子は家に寄りつかんのや。知ってるやろうが」  祐輔はこれに対しても冷たく言い放った。  「おい、鍋島、この乞食ババアを門からつまみ出せ!」  元警察官の大阪道場長だった鍋島が母を抱きかかえて門から放り投げ、その後門は閉められた。  「この親不孝者!」母は門をドンドンと叩きながら大泣きに泣いた。     * 母は仕方なく洋子にお金の無心をすることにした。もう教会へ行くことも認めるしかない。後は自分の生活だ。  母は手紙を出した。  「洋子ちゃん、元気ですか?私も祐輔も猫も元気ですよ。今はお前にいい縁談が来るように神様に祈っています。  ところで、相談ですが、お金を少々貸してもらえないかねえ?」     おわり  
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