最後の告白

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最後の告白

これがここ最近の一連の流れである。その後明音がどうしているかは知らないが、同級生でチャットをした時、とても元気で楽しそうだったので、僕はもう必要ないのだろうと思ってどうすることもできない歯痒さに苛立たしさを感じたのは、認めざるおえない。 ここまで見れば、昔の恋人を忘れることのできないただの哀れな男のお粗末な物語にしか思えないだろう。いつまでも過去に執着し、そうして前に進めない、いわゆる「未練たらしい男」という部類に入るのだろう。 だが、ここで僕は素直に告白しなければならない。彼女から告白された去年の12月、僕が決めあぐねていたのは、この異国の地で好きな女の子がいたからだ。その女の子は梨果といって、僕より二歳年下である。 正直、恋仲になるなどと思ってもみなかったのだが、紆余曲折あって、僕らは互いに惹かれあっていた。と、同時に、僕は明音から告白された時、「ごめん、他に好きな人がいるから」と断れなかったのは、優柔不断さと同時に、日本に帰った時に同級生達で会う約束をしていた、そんな気まずい空気にしたくなかったからという配慮という皮を被ったエゴイズムがあったからだと思う。 梨果は、僕が日本に戻って明音と話をするまで待ってくれるといった。そうしてケリをつけて異国の地に戻ってきた暁には、告白してくれるようにいった。僕は本当に梨果が好きだったから、きっとそうなるだろうと思った。 でも現実はそううまくはいかず、日本で明音と何度か出かけているうちに、「ああ、やはりこの人と一緒に過ごすのは楽しい」と、心底そう思ってしまった。初詣に行ったり、カラオケに行ったり、名古屋に行ったり、色々なトラブルがあったけれど、そのトラブルすらも面白くて、僕はあまり口の達者な方ではないけれど、それでも言葉が常に絶えず、本当に、本当に一緒にいて楽しかった。 だから今まで足蹴にされていた僕の気持ちを、彼女が汲んで告白してきてくれた時に、即答しなかったことは本当に申し訳なく思っている。そうして異国の地に帰る直前になって、ようやく僕は彼女の告白を受け入れた。駅のホームに大勢の通行人がいる中で、僕はキスをした。最後になるとは思えなかったけれど、どこか寂しくて、泣きそうになったのを覚えている。 人間とは、いや、世界とは、変わり続けるものである。哲学を志す僕にとって、それは至極当然のことだった。 だが僕という人間の根本は変わらず、異国の地に帰って、僕は梨果に冷たい態度を取るようになっても、本当のことを言えずにいた。会うたびにSNSの明音との履歴を消去し、「愛している」とか「好き」とかそういうロマンチックな言葉を使わないようにして、身体を重ねてもただ快楽と罪悪感だけを心に宿し、そうして彼女のことを拒絶しようとしていた。 梨果はそのあと病んだ。病んで、僕との関係を断とうとした。僕もそのほうが都合が良い、そうすれば何も言わずに済むと考えていた。 でもそうして明音との距離が開いて、最後の挨拶を済ませたあと、僕はとんでもないことをしていたことに気付かずにいたことを、その時になってはたと気づいた。 この話の中で、僕という人間以外の悪は存在しない。傷つけ、拒絶し、そうしてのうのうとそれをひた隠しにしてきたことに罪悪など感じなかった自分が、今になって本当に嫌になってくる。だから僕は梨果に今までの罪を謝り、起こったことを伝え(全てを伝えることはできなかったが)、そうしてもう一度告白させて欲しいと言った。 だから「絶対に許さない」と冗談めかしに言って笑った彼女を見て、僕は救われたような気がした。キスをして、大好きだと伝えた。 その気持ちがどれほど真っ直ぐなものだったかは、今の僕には計りかねる。あの頃の純粋な心はどこにもなく、僕はただ欲望と恋愛の境が分からなくなっているのだと思う。でも梨果と過ごす時間は本当に心地が良くて、あんなに嫌だったピロートークが楽しく感じるのだ。 故に梨果には感謝してもしきれないし、これからはちゃんと彼女を大事にしよう、それが僕のせめてもの罪滅ぼしであり、贖罪であると誓った。 そんな矢先、外出禁止令が発動し、三週間の自宅謹慎を余儀なくされた。会えない日々でも小まめに連絡をくれる梨果を微笑ましく思い、そうして好きだとなんども寄越してくれるその純粋さに、心を救われていると思う。明音と交わした最後の挨拶から約三週間。それからの日々は、幸せな日々だったと思う。でも心のどこかで引っかかっていたものを無視し続けて、そんな日々を送っていたのに、人に会わないせいか、その無視し続けていたものが日に日に大きくなっていった。 そうしてついに、僕は夢を見た。 起きて、寝ぼけているのに興奮しているという二律背反の中で、僕が感じた悪は、こんなに人を傷つけ、こんなに人に嘘をつき、こんなに優しい女の子に救われたのに、それでも、それでも 明音が、どうしようもなく好きだという、死刑すら生ぬるい悪だった。
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