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想い。
ロシウ市に援助はこない。市民も戻ってこない。残された僅かな人々は日々の暮らしに耐えている。
深夜、今日は満月が死の街を静かに照らしている。伝説に聞く死の女神が闊歩するのはこの時間なのだろうと思える時間、男は周囲の気配をうかがった。
もちろんこの時間外に出歩く者などいない。
人の気配がないことを確認すると、男は寝ているベッド代わりの毛布の束を剥ぎ取る。そして床にみえる取っ手をつかんで取り外す。そこには深い闇の空間が口開けている。よく見えないが夜に目が慣れているのではしごの位置を感覚的に捉えると姿を地下に消した。
地下室で手探りでランプを取り出し明かりをつける。バラック小屋の地下は広くいくつかの棚に缶詰がある。とりあえずひとつを手にとって一心不乱に食べた。朝の食事以外に栄養補給できるのは大きい。
男はこの街の住人である。戦争が始まった時軍に協力する市民として徴用されて、塹壕を掘り、物資輸送に従事させられた。
最初こそ祖国防衛の大義の戦いだと思っていたものの、それは日がたち年を過ぎるにつれて幻想だと感じた。
朝愉快に話していた仲間たちが昼には行方不明だと知らされ、夜には肉片だけ見つかることを繰り返し、昼夜問わない砲撃の応酬に正気を失う者も少なくない。兵士たちも全滅と補充の繰り返し古参兵ほど感情がなくなり、最前線に向かって奇声をあげながら走り出し、そのまま地雷で爆死した者もいる。
男はよくあの地獄のような日々で生き残ったことを幸運だと思っていたが、その後の現実によって幸運も呪った。
戦争の終わりが伝わると公国軍、共和国軍の兵士は両軍入り乱れて共に終戦を祝った。さっきまで殺し合いしていた相手と祝った。やっと帰れる。
しかし最前線から戻ってみればかつての街は跡形もない。砲撃で街はなくなっている。街道跡には遺体が転がって無残な風景をさらしていた。
男の家族の行方はしれず。都市の機能は完全に喪失していたが、軍も公国政府も男を、残留市民を救うことを放棄していた。
あのときの正義とは、大義とは、戦いとは、想いがよぎったのは一瞬だった。
生き残る。それが今の大義。そして次の生きる術をみつける。しかし街から出る術は目下ない。
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