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「果穂ちゃんもいろいろあったのね……まあ、私もなんだけど」
そう言ったのは、果穂と親しげに話している女子の一人である。長い髪をひとまとめにし、果穂と比べると随分地味な印象の女性。どことなく見覚えがあったが、“眞鍋”と書かれた名札でピンときた。眞鍋美雪。このクラスの風紀委員、であったはずだ。
――ああ、嫌なこと思い出しちゃった。
僕は沈んだ気持ちになる。美雪のことも好きではなかったが、そもそも僕は風紀員というものに良い印象がなかった。このクラスには、別の“風紀委員”が存在していたことを知っているからである。
いじめがあったなんて本当?なんて実に白々しい。
このクラスの治安を保つため、悪い奴は取り締まるべき――なんて戯言を言って。気に食わない奴を成敗して回っていた“自称風紀委員”が複数名いたことを僕は知っているのである。というか、他のクラスメートだって少なくとも一部の者は認知していたはずだ。
特にそう。今窓際で――やや震えながら小さくなっている小柄な青年。木嶋誠――男子の方が印象が変わっていないなと思う。丸い眼鏡も小さな背丈もそのままだ。彼もまた、“自称風紀委員”に嫌な想いをさせられていた一人であったはずである。
というより。
誰かさんが虐められるようになった原因は、その木嶋誠をいじめから救おうとした結果だったのだから、知らない筈がないのだ。結局彼は救われた恩も忘れて、新しい標的へのいじめに加担した臆病者だったというわけなのだけれど。
「あれから十年かあ。ほんと、蓮夜の奴は馬鹿なことしたよなあ。結構イケメン?って女子には持て囃されてたってのに、死んじまうなんて実にもったいない!」
その、怯える木嶋誠に肩を回してしゃべっている長身の男。その喋り方、傲慢な口調。名札を見るまでもなくわかった。大田貞春――優等生で先生や眞鍋の印象が良いのをいいことに、裏でクラスメートたちを牛耳って風紀員ごっこをしていた最低のいじめっこだ。人の死を悼む気持ちなんぞ微塵もないくせに、どうしてこんな場所にのこのこと現れたんだろうか。
その隣には、貞春の彼女であり同じくいじめの首謀者であった倉持美世が、にやにやと笑いながら立っている。十年過ぎた今でも、自分達に怯えて震える誠のことが面白くてたまらないらしい。ひん曲がった根性は、十年経っても全く矯正されなかったようだ。
「そりゃ、俺はあいつに期待していたさ。あいつならこのクラスどころか、学校をもっとよくしてくれると思ってな。風紀委員を任せるに足る人間かどうか試そうと思って、厳しい指導をしたのは確かだ。けど、それは断じていじめなんかじゃない。手を上げたことなんて一度もないしな。美世も協力してくれていたからよく覚えてるだろ?」
「そうね。だから、いじめなんてものあるはずないわ。そうでしょ、誠君」
「う、うん……そう、だよ、ね……」
二人に揃って黒い笑顔を向けられて、かくかくと首を縦に振る誠が実に不憫だった。彼は、この学校を卒業した後で一体どんな人生を送っていたのだろう。この様子だと、小学校時代のトラウマが全く抜けきらなかったようにしか思えない。もしかしたら、中学生になっても誰かに虐められたり、パシられたりをしていたのだろうか。さすがにそれは、可哀想な気もする。まあ、自分を助けてくれた恩人を見捨てたのだからある意味因果応報なのかもしれないが。
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