春色の君

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『来年の夏には帰れそうなんだよ。いろんな問題が片付いて、この調子なら大丈夫そうだって上が言ってくれてさ』 「……」 『前よりも自由なポストにつかせてくれるって話だし、俺も認められたってことだな』 「……」 『ありがとよ。帰ったら真っ先にお前のところに行くから、お気に入りの居酒屋で遅くまで飲もうぜ。久しぶりに美味い牡蠣を目いっぱい食べたい』 「……」 『おいおい、泣くほどのことじゃないだろ』 「君ほどの大嘘つきは山ほどいるな。それなのに君のことばかり忘れられない自分にも腹が立つ」 『そうか』 「会いたい。また遊びたいとどれだけ思ったか」 『途中で帰省できなかったのは悪かったって。埋め合わせはする』 「いろんなことが変わったんだ。君はそのくらいの気温で暑いだとか言っているけど、今じゃ春に真夏日なんて日常茶飯事になったんだ」 『また一緒に飯食って、遊んで』 「スマホを持ってるのも、僕くらいになった」 『たくさん馬鹿しようぜ』 「……君と話せるのも、あと何年かな。もう、修理をしている会社が無いんだ」  君と形ばかりの会話をしていると、いつも僕の感情ばかりが行き場を失ってあふれてしまう。会話もどんどんとずれて、虚しさだけが露になっていく。 「もう、これで終わりにしようかなとも思うんだ。君の知らないうちにね、法律も変わったんだよ。特に人間の管理の仕方がね。今じゃ定年になって、ある程度満足したら、安楽死を受け入れる人が増えたんだ。安楽死と言っても、肉体上のね。思考や記憶はデータとして残って、膨大なデータバンクの中に収められることになる。遺族は、バンクに収められた死者をAI化したものと、いつでも話せるようになったんだ。そして遺されたAI自体も、様々な精神活動を続ける。ある意味、永遠の命と言えるかもしれないね。」  耳にあてたスマホからは、電子的に変換された春の音が聞こえ続けている。君の息遣いも聞こえる。僕が泣き始めると君はそうやって、いつも最後は黙って話を聞いてくれていた。 「知ってるかい。人間は、亡くなった人の声から忘れて行くらしい。君はこの会話を録音してるなんて知らなかっただろう。僕も気まぐれで録音したからね。でも、おかげで君の声をずっと忘れずにいられたよ。……たとえそれが、電子音で変換された作り物だとしても。それとも、僕はもうとっくに、君の声を忘れてしまっているのに、この電子音があるから忘れていないと錯覚しているだけだろうか」  ごぅごぅと耳元で風が鳴る。懐かしい風の音。何度も何度も、君が帰ってこなくなってから聞いて来た、君がいた春の音。もう戻れない、はるか遠い昔の音。君は、帰ってこない。死ぬのが早すぎた。死者をAIにする技術なんてものが産まれる前に君はいなくなってしまった。 「君といたかった僕の気も知らないで。君の死はあまりにも早すぎたよ」 『じゃあ、お前は幸せじゃなかったのか?』 「幸せだったよ。でも、そこに君もいてほしかった。欲張りなんだ、僕は。……?」
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