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階段に足をかけようとして、立ち止まった。
そして、幼い少女のような口調でこう頼んだ。
「ねえ、スハニ……最後に……私の名前を呼んで……」
「きみの名前なら何度も呼んでいるじゃないか、ミシュア」
「いいえ。それは私の本当の名前じゃないの」
ミシュアは両の手を強く握った。もう十数年呼ばれていない本当の名前。
「……本当の名前はフルルトよ」
かき消えそうな声で言う。
スハニは目元を綻ばせると静かに口を開いた。
「フルルト、愛しているよ」
愛する人の言葉を聞き、王妃の目尻から頬へと涙がつたう。
いつから本気で愛してしまったのだろう。政略結婚だと分かっているのに優しく手を取ってくれたあの日から?息子が生まれたあの日から?
そんなこと分からない。
今はただ、振り返って抱きしめられたい、と思うだけだ。だが、それは叶わぬ願いだった。
「私も愛しているわ、スハニ」
噛みしめるようにそう告げると、逃げるように階段を駆け上がった。
愛してはならないひとを愛してしまった罰が今、見えない刃となって心臓を突き刺した――。
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