序章 とある冬の温もり

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序章 とある冬の温もり

 十歳の冬のことだ。  鎧戸を閉めた窓の向こうで、ビュウビュウと風が吹いている。吹雪の夜、暖をとるための薪もなく明かりのない真っ暗な部屋で、セヴァルは母と同じベッドで毛布を使い、互いの体温で暖をとっていた。  寒くて眠れないセヴァルに、母はいろんな話をした。 「この国は緑の大精霊様が守護してくださっているの。そしてそんな大精霊様と契約なさっているのが、王様よ。王族の皆様のおかげで、私みたいな女一人でも、こうやって暮らせているわ」 「そうなの?」 「そうよ。将来騎士になって、お前にはそんな方々を守って欲しいわ」  毛布の中で、セヴァルは鼻白む。 「またそれかよ、お袋。十番街から騎士になった奴なんかいないよ。子どもでも知ってる」 「そしたら、あんたが一人目になればいいでしょ。あんたは立派になるわよ、セヴァル。生まれた時に、占い師がそう言ってたんだから。がんばんなさい」  そんなふうに言われると、がんばってみようかなと思ってしまうもので、セヴァルは頷いた。 「分かったよ、しかたないなあ」  しぶしぶと返すセヴァルの頭を、母は楽しげになで回す。 「なあ、お袋。親父のことを聞かせてくれよ」  セヴァルの父親は、すでに死んでいた。  しかし、どんな人間だったのか、母は教えてくれない。 「素敵な人だったわ」  今日もまた、そう言って誤魔化した。  セヴァルが金髪碧眼という綺麗な顔立ちをしているので、母が給仕として働く料理屋の顔なじみの客達は、訳ありなのだと噂していた。行きずりの貴族とできた子どもなのではないか、と。  もし、そうだったらどんなにいいか。  普段は気にならないことが、冬になると、切実な願いに変わる。  料理屋の主人は、口は悪いが気の良い男だ。セヴァルの父親代わりをしてくれていて、セヴァルも子どもながら手伝っている。たまにおやつをくれることもあった。  そんな男のおかげで、料理屋の二階に部屋を貸してもらえ、飢え死にするのはまぬかれたが、炭や薪をたくさん買えるほどの金はない。  もしセヴァルが貴族の血を引いているなら、どこかから金持ちの親戚がやって来て、援助してもらえたかも。  そうしたら、母がセヴァルを騎士団に入れようと、教育費を稼ぐのに身を粉にしなくて済む。  母の本気が分かっているから、セヴァルも将来に夢を見ていた。 「ねえ、セヴァル。本物の愛は、良いものよ。たとえ苦くてつらくても。思い出すだけで、胸の奥が温かくなるの」  ふいに、母は初めてそんなことをこぼした。しんみりと懐かしそうな声音だ。 「セヴァル、本物の愛を見つけたら、すぐに分かるわ。そしたら、絶対に手放さないようになさい。簡単に諦めてはだめよ」  母は何かを誤魔化すみたいに、セヴァルの額にキスを落とす。 「あんたが大きくなったら、どんなお嫁さんを連れてくるのかしら。楽しみよ。きっと可愛くて良い娘なんでしょうね」 「さあ、分かんねえよ」 「あんたは人を見る目があるから、きっととびきり素晴らしい人だと思うわ」  セヴァルの能力を信じて疑わない母の言葉に照れながら、セヴァルはうとうとと想いを馳せる。 (本物の愛ってなんだろう)  以来、母が自身の恋愛について触れることはなかった。  それから月日が巡り、セヴァルは王立騎士団に入団する夢を叶えたが、その冬に、母が風邪をこじらせて死んでしまった。  冬は嫌いだ。けれど、あの寝床での温もりを思い出すと、少しだけ寒さがやわらぐ気がした。  本物の愛とやらを見つければ、この寒さは、もう感じなくなるのだろうか。  まるで川の流れにただよう、一枚の木の葉のような、この空虚さも。
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