29人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
序章 とある冬の温もり
十歳の冬のことだ。
鎧戸を閉めた窓の向こうで、ビュウビュウと風が吹いている。吹雪の夜、暖をとるための薪もなく明かりのない真っ暗な部屋で、セヴァルは母と同じベッドで毛布を使い、互いの体温で暖をとっていた。
寒くて眠れないセヴァルに、母はいろんな話をした。
「この国は緑の大精霊様が守護してくださっているの。そしてそんな大精霊様と契約なさっているのが、王様よ。王族の皆様のおかげで、私みたいな女一人でも、こうやって暮らせているわ」
「そうなの?」
「そうよ。将来騎士になって、お前にはそんな方々を守って欲しいわ」
毛布の中で、セヴァルは鼻白む。
「またそれかよ、お袋。十番街から騎士になった奴なんかいないよ。子どもでも知ってる」
「そしたら、あんたが一人目になればいいでしょ。あんたは立派になるわよ、セヴァル。生まれた時に、占い師がそう言ってたんだから。がんばんなさい」
そんなふうに言われると、がんばってみようかなと思ってしまうもので、セヴァルは頷いた。
「分かったよ、しかたないなあ」
しぶしぶと返すセヴァルの頭を、母は楽しげになで回す。
「なあ、お袋。親父のことを聞かせてくれよ」
セヴァルの父親は、すでに死んでいた。
しかし、どんな人間だったのか、母は教えてくれない。
「素敵な人だったわ」
今日もまた、そう言って誤魔化した。
セヴァルが金髪碧眼という綺麗な顔立ちをしているので、母が給仕として働く料理屋の顔なじみの客達は、訳ありなのだと噂していた。行きずりの貴族とできた子どもなのではないか、と。
もし、そうだったらどんなにいいか。
普段は気にならないことが、冬になると、切実な願いに変わる。
料理屋の主人は、口は悪いが気の良い男だ。セヴァルの父親代わりをしてくれていて、セヴァルも子どもながら手伝っている。たまにおやつをくれることもあった。
そんな男のおかげで、料理屋の二階に部屋を貸してもらえ、飢え死にするのはまぬかれたが、炭や薪をたくさん買えるほどの金はない。
もしセヴァルが貴族の血を引いているなら、どこかから金持ちの親戚がやって来て、援助してもらえたかも。
そうしたら、母がセヴァルを騎士団に入れようと、教育費を稼ぐのに身を粉にしなくて済む。
母の本気が分かっているから、セヴァルも将来に夢を見ていた。
「ねえ、セヴァル。本物の愛は、良いものよ。たとえ苦くてつらくても。思い出すだけで、胸の奥が温かくなるの」
ふいに、母は初めてそんなことをこぼした。しんみりと懐かしそうな声音だ。
「セヴァル、本物の愛を見つけたら、すぐに分かるわ。そしたら、絶対に手放さないようになさい。簡単に諦めてはだめよ」
母は何かを誤魔化すみたいに、セヴァルの額にキスを落とす。
「あんたが大きくなったら、どんなお嫁さんを連れてくるのかしら。楽しみよ。きっと可愛くて良い娘なんでしょうね」
「さあ、分かんねえよ」
「あんたは人を見る目があるから、きっととびきり素晴らしい人だと思うわ」
セヴァルの能力を信じて疑わない母の言葉に照れながら、セヴァルはうとうとと想いを馳せる。
(本物の愛ってなんだろう)
以来、母が自身の恋愛について触れることはなかった。
それから月日が巡り、セヴァルは王立騎士団に入団する夢を叶えたが、その冬に、母が風邪をこじらせて死んでしまった。
冬は嫌いだ。けれど、あの寝床での温もりを思い出すと、少しだけ寒さがやわらぐ気がした。
本物の愛とやらを見つければ、この寒さは、もう感じなくなるのだろうか。
まるで川の流れにただよう、一枚の木の葉のような、この空虚さも。
最初のコメントを投稿しよう!