●●狩りに着きました

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●●狩りに着きました

 入り口をがらがら、と開けるとすぐ横にカウンターがあった。狩ったいちごを会計する場所のようだ。 「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」  妻の高い声が、響く。他にお客さんはいないようだ。奥にはいちご園が広がっている。カウンターの奥の事務室らしき場所から、テレビの音は聞こえるので、誰かはいる、もしくはいた痕跡は間違いなくあった。 「留守かな?」  その時だった。  奥から、人が現れた。すらっとした若い男性だった、エプロンをしている。 「いらっしゃいませ」  にこりとマニュアル通りの笑顔でその青年は私たちを迎えた。 「今日やっていますか?」  念のために聞いた質問にも青年は表情をぴくりともしないまま答えた。 「はい。ただ今日は良い天気だったので、すでに沢山のお客様がいらっしゃいました。残りはだいぶ少なくなってしまいましたが、探せばまだまだあります。お値段はお安くしておきますから、どうぞ沢山採って下さい」  ちらっと妻を見ると、目が涙ぐみそうなほど輝いている。その瞳をじっと見つめながら青年は続けた。 「ちなみにこちらは初めてですか? 手順はわかりますか?」 「はい、初めてですが分かります。狩ったものをこちらに持って来ればいいんですよね?」 「はい、そうです。ちなみに採る時は赤く、大きな実を採ってください。くれぐれも緑の実は取らないように」  はーい、と楽しそうに返事をする妻。だが私はその若者のニヤリともしない、まるで刺すような表情がどうも気になっていた。 「うわー、すごい! 貸切だ、こんなの初めて」  そのいちご園は、そう簡単には周りきれないほどの広さがあった。しかしお客は誰一人としていなかった。青年が言ったように、既に狩られた跡はたくさんあったが、まだまだ赤い大きないちごが僕らを待っていた。 「なんだ、いっぱい成ってるじゃん! 今年は豊作って聞いたけど、ほんとね」  妻の声はまるでエコーのように、そのままどこかに消えて行った。残された私は娘の子守、いつものパターンだ。私は抱っこをしている愛梨寿を見た。すると愛梨寿は苦笑いにも見える笑みを浮かべ、こちらを見ていた。 「愛梨寿には何でもお見通しだな」  一瞬笑みが消えた。そして何か言いたそうに口を開きかけたがその直後、奥の園を指差し、ごっ、ごっ、と声を上げ始めた。行け、ということだ。 「はいはい、分かりましたよ、行きましょうね」  愛梨寿の手を取りながら、私たち二人のいちご園散歩が始まった。いずれ私の手を振り払い、たどたどしくいちご園を走り始めた。そんな愛梨寿をひたすら射程範囲内の距離で追いかける、これがなかなか疲れる。 「はい、だめだよー」  何回も低いところに成っているいちごを取ろうとする愛梨寿。無理もない、目の前にあるいちごは普通は食べていいものだ。だがここは違う。狩ったものはしっかり測りで重さを確認してから購入し、やっと口に出来る。入口の看板にもこっぴどく書いてあった、『園内でいちごは食べないでください』って。  それにしても暑いな、まだ2月だっていうのに。  私は天井のビニル屋根を見つめた。太陽がギラギラ笑っている。せっかくの休日なんだからゆっくりしようか、なんて言えるはずがない。明日からまた仕事だ。  妻はどこに行ったのだろうか? 園は二つのフロアに別れていて、私たちがいる入り口側のフロアには見当たらない。奥のフロアを探索しているのだろう、きっと。そんなことを考えながらふと視線を落とした私は思わず顎が外れそうになった。 「あ!」  さっ、と愛梨寿に近寄ると、あたりを憚った。大丈夫誰も見ていない。  ゆっくりとその口元を見ると、 「愛梨寿ちゃん……ここのいちごはまだ食べちゃダメだよ、お金払ってないからね」  口から緑のいちごを吐き出した、おいしくなかったのだろう。こりゃ目が離せない、いちご狩りなんか来るんじゃなかった、とは口が避けても言えなかった。  それからも愛梨寿は真剣な眼差しで、色々な事に精を出していた。フロア同士をつなぐ連絡通路を行ったり来たり、フロア内の通路を走っては戻る、別の通路を走っては戻る。砂があれば必死でいじり埋まっていたロープを掘り起こそうとする、空調機器を見てはファンに向かって、あー、あー、と叫ぶ。その一挙手一投足を私はひたすら見守る。機械を壊さないか、砂を食べないか、いちごを食べないか。全く気が抜けない時間の連続だった。 「ハイ、ハイ」  愛梨寿が石を渡してきた。一つは自分で持っている。 「はい、ありがとね」  いつものパターンだ。よくわからず何でも、ハイ、と渡してきては、すぐハイ、といって『よこせ』アピールをする。  私が渡された石をいつものように、はい、と返そうとすると、愛梨寿の様子がいつもと違った。唇を噛み締め、睨むような表情を浮かべると、大きく首を横にぶんぶんと振ったのだ。そしてそのまま怒ったように歩き出してしまった。  何だろうか、今のは。女性の気持ちは男性にはわからないというが、1歳でもそれは言えるのか?  そんなこんなで疲れてきた私は、入り口付近に休憩スペースがあるのを見つけた。そこは個室のようになっていて、椅子と机が設置してある。扉を閉めれば愛梨寿が予想外の行動に出ることもないだろう。嫌がる愛梨寿を抱え上げ、押し込み、そのまま備え付けの椅子にもたれかかった。 「はあ、疲れた」  横目でちらっと愛梨寿を見た。スペース内で壁を見たり、砂をいじったりとしていて、特に危険なものは近くに無さそうだった。よかった、これで少し休める。机の上を見てみると、先ほど隙を見て狩ったいちごが数個。この後、購入してから食べることになる。  だが……。  私は周りを確認した。  一つくらいいいだろう、そう思って、小さい、少し緑の、そして形がいびつなものを口に入れた。案の定そこまでおいしくなかったが、まあいい。なんか少し脱力するような、ふわっとするような感覚に包まれた。  次の瞬間、耳を疑う声が私に届いた。 「食べたね」  声の方を振り返っても、そこには誰もいない。
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