いちごの王女現る

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いちごの王女現る

 園はほぼパニックになっていた。  ただその中で一箇所、お化け達が集まる部位を見つけた。あそこの中心にきっと愛梨寿がいる。私はそのお化け達がを掻き分けた。そして、その中心にいた人を見る。  愛梨寿……。  その小さな体は、まるで周りをオオカミに囲まれたうさぎのように見えた。 気づくと私は大声を張り上げていた。 「おい、このお化け野郎達! 私の娘に手を出したら許さないからな!」  私はそう言って、愛梨寿の横についた。愛梨寿も私に体を預ける。 「逃げてって言ったのに」 「愛梨寿を置いて行けるかよ、これでも僕は君の父親だぞ」  状況は変わらない。お化け達がよだれを垂らしながら徐々に近づいてくる。 「優しいのね。母さんも女子会で言ってたよ、父さんってああ見えて実はすごく優しくて頼りになるんだよって。そこが好きになったんだって」  私は思わず愛梨寿の目を確認した。 「本当か? それは」  こくりとうなずく愛梨寿。お化けたちはもう手の届くところまで来ている。 「本当だよ。一見デブで、ぼけっとしてて、のろくて、パッとしなくて、Mでオタクなんだけど、でも本当は頼りになるんだって」  なんか前置きが増えてないか? 途中から褒めてるのかけなしてるのか分からなくなってきたぞ。 「そうか。母さんはてっきりかっこいい人は浮気しそうで嫌だから父さんみたいなしょぼい人を選んだのかと思った」 「ああ、それはそれで本当みたい」  がくり、と思わずひじからずっこけた。  まあいい。もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。愛する愛梨寿と人生を終えるなら、それも悪くない。 「あとちょっとだったのにね……」  私は愛梨寿を強く抱きしめて、食べられてしまう衝撃に備え、強く目をつぶった。  がしかし、いつまでたってもその衝撃は来ない。  おかしいと思いながらゆっくり目を開けると、大きく口を開けたまま、お化け達が止まっていた。そのままゆっくりと、みな後ずさり始めた。それはまるで何か恐ろしいものを見つけた時のように。気づけば私たち二人の前は大きなスペースができていた。  そのスペースの先。とびきり大きないちごお化けが立っていた。それは真紅のドレスを身にまとい、一歩一歩、厳かに、まるで花嫁がバージンロードを歩くようにこちらに近づいて来た。お供のいちごお化けが、真紅のドレスの裾を引く。そのまま私たちの目が届く場所まで来ると、歩みを止めた。  それを見て、いちごお化けの一人がすかさず声を掛ける。 「これハ、これハ、オウジョさま。どうナサいました?」  おうじょさま? あのとびきりおおきないちごお化けが?  その王女と呼ばれたいちごお化けは、持っていた杖で地面を一つ、ガシンと突いた。   「何やら騒がしいがゆえ、ここに来てみた。皆の者、ここを神聖なる『にんげん園』と知ってのことか?」 「お、オウジョさま。な、ナンと、うまそうなにんげんをふたりもミツケました。オウジョさまにさしあげマス。どうぞメシアガッテください」  そのいちご王女はどこに目があるのか分からない。ただこちらにじっと顔を向けると、ゆっくりと近づいて来た。一歩踏み出すたびに、きらりん、と装飾の揺れる音がした。  そのまま私たちの前まで来ると、前かがみになりその顔を近づけた。  そしてそのまま大きな口がパクっと開いた。まさかこのタイミグで食われるのか?  私は恐怖のあまり、目を丸くしてその口の中を見た。  するとそこには、 (え……まさか。何で?)  その口の中には見慣れた顔があった。  それはいつも一緒に暮らしている、そしてここまでも一緒に来たあの妻にそっくりな顔があった。  しかしその顔は笑み一つなく、無表情のままただただこちらをじっと見つめていた。  食べられる……のか、それとも? 「たブラるぁ、なズるィだからなサハィ……」  小さな、私達にしか聞こえない声というか、音が聞こえてきた。内容も全く理解出来ない。これはどういうことだろうか、王女は何かを伝えようとしている? 「ネィ、すばラカン……」  横を見ると何と愛梨寿が表情を変えず、口元をわずかに動かしながら声を出していた。  愛梨寿の声を聞き終えると、王女もそのまま顔を動かさず、周りに気づかれないように声を発し返す。 「あるハニア、にぃルゥながるた?」 「なはルィた。さバター」  会話をしているのか? それにしても一体何語なんだ、これは。よくよく聞いてみるといつも家で愛梨寿が喋っている、あの理解できなかった言葉にも似ている気がした。ただの喃語だと思っていたのにまさか、いちご語? いや、それとも?  しばらくすると、王女はコクリとわずかに首を縦に振った。そのまま大きな口を閉じると、周りを見渡した。  再び杖をガシン、と叩くとあたりのいちごお化けが一斉にしゃん、となった。 「皆の者、この二人は餌ではない。『にんげん』の世界から来た本物の『にんげん』のようだ、丁重にお帰ししなさい。決して食するでないぞ」 「で、デモおうじょさま……」 「我の言う事が聞けないと申すか!」  その凄みのある声に私までもびくっとなった。  そのまま他のお化け達は、ははぁー、と言いながら(こうべ)を垂れた。  そしていちごの王女は私たちに顔を向けた。 「そなた達も何故こんなところにいるのか分からぬが、早々に立ち去るがよい。この者どもは何をしでかすか分からぬゆえ」 「は、はい、あの……」 「ありがとうございます、王女様」  愛梨寿はこんな時でも凛々しい、なんと頼もしい娘だ。  いちごの王女はわずかに頷くとそのまま去って行った。その姿が見えなくなるまで他のお化けは(こうべ)を垂れていた。  王女の姿が見えなくなると、そのうちの一つのお化けが頭をあげた。 「というワケだ、はやくココカラきえるとイイ」  私は愛梨寿と一緒に空調機器を目指すべく、まず連絡通路へ向かった。途中途中お化けがじっとこちらを見ていたのが気持ち悪かったが、とにかく足を進めた。連絡通路の見張りが、じっとこちらを見ていた。人間と違って表情が無いから、何を考えているか分からない、そこがより一層言い知れぬ不安を増大させた。 「ふう、これでやっと何とか帰れそうだね」  そう言って、横にいたはずの愛梨寿を見ると、そこに愛梨寿はいなかった。 「あれ、愛梨寿?」  後ろを見ると、何と見張りいちごが愛梨寿の首根っこをつかんでいた。 「たす……け……て」  嘘だろ、なんで。
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