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別室で待機していた王の元へ、司祭が赤子を抱えて現れる。
「おお、それが新しく生まれた子か。なんと愛らしい。その子は姫か? 王子か?」
我が子の誕生に頬を緩める王とは対照的に、司祭は曇った表情をしている。
「……姫様でございます」
「そうか、姫か!
母親に似て、美しい子じゃ!」
司祭から赤子を受け取り、にこにことあやす王。
「して、この子の魔力特性はどうじゃ。
ここ数十年、近隣諸国とのいざこざが耐えぬ。攻撃力に特化した魔力属性の持ち主か、全ての攻撃を跳ね返すバリアの使い手だと嬉しいんじゃが……」
司祭は悲しみの色を滲ませた瞳で、王を見た。
「……姫様は、この国でも希少な、バリア使いでございます」
司祭の言葉を聞いて、王の表情がさらにパアッと明るく華やいだ。
「そうか、そうか! バリア使いか!
して、魔力量はどのくらいじゃ?
城をすっぽり覆える位か?
それとも、街を丸ごと覆えるほどかのう!」
王の言葉に司祭はみるみる顔色を悪くしていき、だらだらと滝のような汗をかいた。
「王様……、その、大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ司祭、顔色悪いぞ?
……はっ、まさか。
かつてないほどの魔力量の持ち主とか、そんな感じのあれか? ん? そうじゃろう?
な、そうなんじゃろう?」
赤子を抱えながら、じりじりと司祭ににじりよる王。
司祭は滝のように吹き出る汗を手で拭いながら、聞き取れるかどうかわからないほど小さな声でそれに答えた。
「……そうですね……確かに王家始まって以来の、前代未聞の魔力量かもしれません……」
「あっは! やっぱりのう!
我が国は魔法の力で発展してきた国じゃ。国を納める王族も、必然的に高い魔力を有して生まれてくる!
その様子じゃと、あれじゃな?
国を丸ごと覆えるほどの魔力量で生まれてきたりなんかしてたりする感じかのう?
もう姫一人で国の防衛まかなえちゃうぞ☆ってな感じのノリかのう!?」
キラキラした期待に満ちた目で司祭をみる王。溶けそうなくらい、汗をかく司祭。
「で、で! 実際のところ、魔力量はどのくらいなんじゃ!?」
王の瞳の奥に映る司祭の顔が、今にも泣き出しそうなほどに歪んだ。
「……です」
「ん? なんだって?」
司祭にわざとらしく耳を傾ける王。
「魔力量は……限りなく0に近い、ほぼ能無しと言っても過言ではない数値でございます……」
「ん? なんだって?」
王はにこやかな笑顔を顔に張り付けたまま、わざとらしく司祭に聞き返した。
「……残念ながら……姫様は握りこぶし大のバリアが辛うじてはれるかどうかの……魔力量でございます……」
王は一瞬、石のように固まった。
王が納めるこの国エルドラシルは、魔法の力で国を繁栄させてきた歴史があり、それ故に魔力量がそのまま地位に直結するシステムになっている。たとえそれが王族であろうと、例外は認められない。
壊れかけのブリキのおもちゃのごとく、ぐぎぎと顔を動かし、司祭と視線を合わせる王。
司祭は、ぎこちない笑顔を王に向けた。
それが全てを物語っていた。
「えっ、え!?
な、なに言ってるんじゃ、司祭~!
またまたー!」
肘でツンツン司祭をつつきながら、わざと明るい声を出して聞き返す王の姿に、司祭は涙を流しながら現実を突きつけた。
「残念ながら……!
ご自身の身を守ることすらままならない! 握りこぶし大のバリアをはることがせいぜいの! 王家始まって以来はじめてである! 極微量の魔力量しか持たない姫様です……!!!」
泣きじゃくる司祭を唖然と見る王。
「……えっ、嘘じゃろう?」
司祭は号泣しながら、顔を横にふった。
「……頼む、嘘じゃと言ってくれ……」
王の目にみるみる涙がたまっていく。
しかし司祭は、わんわん泣きながら首を横にふった。
そんな司祭の姿をみて、現実を受け入れた王もまた、ボロボロと涙を落とした。
その日、王も司祭もわんわん泣いた。
王族始まって以来の、微量の魔力しか持たない姫が生まれた日。王は生まれたばかりの姫から王位継承権を剥奪し、辺境の地に住む子がない貴族の元へと養子に出した。
この物語は、握りこぶし大のバリアしかはれない元姫が、知恵と工夫で降りかかってくる困難を乗り越え、なんだかんだ成り上がっていくハートフル下克上ファンタジーである。
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