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アルバドの最後の息子
辺境の空は今日も晴れ 5
The periphery’s sky is still fine 5
アルバドの最後の息子 Albad's Last Son
【1】
フラブール祭が終わって、教会は静けさを取り戻した。これから、八月の収穫祭まで、教会はしばし休息を取ることになる。二週間後、六月四日にある「建国記念日(デントラント・デール)」は、教会とは無関係の行事なので、教会は何もする事がないのだ。
フラブ教会エイフ支所の司祭、イグロウは夕方のお勤めを終えると、大あくびをしながら長椅子に座り込んだ。二ノースに近い彼の体を支えて、椅子が小さく悲鳴を上げる。
「今日も無事に終わった。やれやれだ」
一人でいるには広すぎる教会で、イグロウは一人言を言った。森の中に建つここは、街の雑踏も、他のどんな生活音とも無縁であり、圧倒的な静けさが建物全体を支配している。ふと気がつくと、恐ろしいまでに寂しくなる事がある。そんな時、彼は十ディボノ一ス離れた兵営まで赴き、隊長と酒を酌み交わすのである。
五月の暮れとはいえ、辺境の陽の暮れは早い。辺りは薄い闇に包まれて行く。
暗くなる前に出掛けようか。
そう思って腰を上げかけたイグロウを、轟音と震動が襲った。思わずよろける。
「何だ?」
火薬の破裂する音とは違う鋭い音に、イグロウは首を傾げつつ、窓から顔を出した。と、教会の裏手の森がやけに明るいのに気付いた。次いでまた鋭い破裂音。こげ臭いにおいも届いて来た。
「山火事だ!」
イグロウは慌てて表に飛び出した。
その火事は、麓の兵営からも見えた。
「隊長!教会の裏が燃えてるに!」
マーカス伍長の悲鳴に近い声を聞いて、ミラールは他の兵隊と共に外に飛び出して来た。夜のとばりの降りて来た空が、赤く照らし出され、教会の森がシルエッ卜で浮かび上がっている。
「大変!アベル、馬を人数分引いて。トールとデントン、ホブは斧を、リスキンは火薬をあるだけ用意して。急げ!」
ミラールのてきぱきとした指示で、またたく間に準備は整った。馬上の人となったミラールが森へと目をやった時、その上空を飛び去ろうとしている、あるものに気付いた。リスキンも「それ」を見たようだ。
「あれ、ドラゴンじゃない!」
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