アルバドの最後の息子

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トールが言った。その通りなので、ミラールは唇を噛んだ。彼女の目は、いつしかバスターを見据えていた。バスターは、すぐに気がついた。 「何だよ、ミラール、その目は?」 「ねえ、バスター。あなたの力で、何とかしてくれない?」 「バスターの力を借りるんですか?」 イグロウはあからさまに嫌な顔をした。黒魔術を禁ずる教義を教え込まれた彼にとっては、バスターに救けられるのはしゃくなのだろう。 「別に、嫌ならいいんだぜ」バスターはにべもない。「俺は、森が燃えようと教会が燃えようと、どうでもいいからな」 「まあまあ、そう言わずに」ミラールが、バスターとイグロウの間に入る。「お願い。この火を消し止められるのは、あなただけなのよ」 ミラールはそう言って、バスターの手をそっと取る。不本意ながら色仕掛けで出た。掌で優しくバスターの頬をなでる。 「ね、お願い…」 バスターの耳に唇を近づけて、囁くように言った。ミラールほどの美女にそうされては、どんな男でも嫌な気はしないものである 「判ったよ。やってやるよ」 果たして、バスターも動いた。 「マホー使いも、やっぱり男か」 そんな生意気な事を言うベンをひとにらみで黙らせると、バスターは印を組んだ手を差し上げた。 「ラ=ス・トーラン・ナーカス。水の精ウンディーヌと水の支配者ラ=スに告ぐ。我が召換に応じ、我が意に随え」 と、今まで晴天であった空が、瞬く間に厚い雲に覆われた。 「瀑布墜(ルヴァ=カー)!!」 呪文が完結した瞬間、厚い雲の中から、巨大な水の塊がボコッと飛び出した。ものすごい速さで落ちて来る。 それは、火の勢いの最も強い部分に、地響きを立ててぶち当たった。更にその衝撃で四方へ飛び散る。数十ヴィラ(トン)もの水は、燃えている樹、無事な樹を問わず、炎ごと押し潰した。大量の水蒸気を上げながら、火事は鎮まった。 「ふんっ!どうだミラール、俺の呪文の威力は。あれだけの火事を一発で消したぜ」 「ええ、本っ当に大したものだわ」 飛んで来た灰混じりの泥を頭から浴びて、真っ黒になったミラールが応えた。 「それ!最後の仕上げしまい。行くでぇや!」 やはり泥だらけになったリスキンが、珍しくエイフ弁を丸出しにして指示を出した。かなりヤケになっているようだ。 手斧で焼けぼっくいを砕いて行く。これをしないと、再燃の可能性もあるからだ。
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