アルバドの最後の息子

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バスターは、 「俺の知った事か。ま、がんばれよ、ミラール」 と、心強いアドバイスを残して帰ってしまった。 「とりあえず、人間用の軟膏でいいんじゃないでしょうかねぇ」 イグロウが腕組みをしながら言った。 「多分ね」ミラールは頷いた。「カーツ、薬箱を取って来て」 カーツは部屋を飛び出し、すぐに薬箱を持って帰って来た。ミラールに箱を渡すと、逃げるように壁際まで下がった。広い食堂の壁に、十四人の兵隊達がずらりと張り付いている。ドラゴンに近付くのが恐いのだ。近くにいるのは、ドラゴンを抱いているミラールと、イグロウだけである。 「さあ、ラフト・ドラゴンちゃん。ちょっと染みるかも知れないけど、我慢するのよ」 ミラールはドラゴンにそう話しかけた。ドラゴンは、二度頷いた。ドラゴンの知能は、人間のそれを遥かに上回っているという。人間の言語ぐらいは理解出来るのだろう。 兵営特製、秘伝の軟膏を指でたっぷり掬い取ると、それをドラゴンの傷口にすり込んだ。 <ギャッ!> ドラゴンは、口も裂けよと大口を開けて、悲鳴を上げた。しばらく体を震わせて耐えていたが、ついに耐え切れなくなったか、尾をバタバタと振り出した。 その尾が、たまたまミラールに向かって振り回された。思わず左腕で受けたミラールの上体が大きく泳いだ。 「だ、大丈夫ですか、隊長」 イグロウの問い掛けにも、ミラールは答える事が出来なかった。全身が痺れており、右の脇腹が重く痛んだ。幼生の尾のー撃だけで、その衝撃は体の反対側まで突き抜けていた。 凄い! ミラールは口の中で呟いた。彼女は、その昔ドラゴンに襲われて、何とか逃げ切った、という奇跡の人物である。ドラゴンについてはひとかたならぬ興味と畏怖とを 抱いている。そのドラゴンを自らの腕で抱いている、というのは緊張と同時に感動を呼び起こすものであった。 「ほら、動かない!ガマンするの。いい?」 ミラールは息子を叱る母親の口調で言った。ドラゴンはせわしなく頷いた。それを見て、ミラールは手当てを続けた。しかし、かなり痛いのだろう、ドラゴンは無言で尾をバタバタと左右に叩きつけ続けた。 ミラールが傷の手当てを終えた時、食堂のテーブル三つと、椅子六つが粉々になっていた。
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