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それから、彼女と形だけとはいえ“お付き合い”する日々が始まってしまった。俺が一般的なギャルゲー主人公なら、さぞかし舞い上がって大喜びしたことだろうなと思う。残念ながらそれを真に受けるほど子供でもないのだが。いかんせん生まれて十六年、女の子と付き合ったことなどないのである。それこそ本当に、罰ゲームで俺に告白させられた女子が実際何度かいたくらいなものだ。
加えて、俺は成績がいいだけの帰宅部ときている。顔立ちは地味だし、女の子に人気のスポーツマン系でもなければ、スパダリ系なんてものとも程遠い。みんなに大人気のお嬢様ならば、選ぶ男など選り取りみどりであるはずである。わざわざ俺みたいな奴を選ぶ理由があるとは到底思えないのだった。
そして。最初はただの罰ゲームかと思ったが、段々と其れだけではなさそうだということに気づくのである。どうやら彼女は俺を使って本命の男と付き合う時の予行練習をしている気分であるらしいのだ。とにかく俺に“一般的な男の子って女の子のどういうところを好きになるの?”とか“一般的な男のの子は女の子にどういうことをしてもらえたら嬉しいの?”なんて質問をしてくるのである。何故に俺が一般的な男子高校生の代表扱いをされているのだろうか。はっきり言って、趣味趣向はかなりマイナーな類いだと思うゆえ、とても参考になるとは思えないのだが。
「何で俺に、一般男子の客観的な解答、ってやつを求めるの。あんまり意味ないと思うんだけど」
「いいでしょ、役に立ちなさいよ!私達は付き合ってるんだから!男の子は女の子のどういう仕草とか服装とかにきゅんとくるのか、私は女だから全然わからないの。知りたいと思っちゃいけないわけ!?」
「何で怒るのさ」
その日も昼休みの教室で、謎の質問攻めに遭っている俺である。
可愛い女の子ではあるのだが、いかんせん亜莉愛は少々気が強すぎる。そのように喧嘩腰で問い詰められたら大抵の男は萎縮してしまうのではないか。それも、亜莉愛が好きで付き合っている彼氏なら尚更だ。
幸い俺はあくまで“練習台”で“参考文献にされている”だけだと自覚している。何を言われても、傷つくなんてことはない。
「うーん……あくまで俺だったら、だけど」
俺は少し悩んでから、答えた。
「好きになった女の子なら、どんな服装とかでも似合うって思うし、ときめいちゃうんじゃないかなあ」
「え」
「勿論、誰にだって似合う服装や髪型はあるんだと思うし、似合わない服を着てきたなーって感じることはあるかもしれないよ?でも、新しいものに挑戦しようとしてみるとか、いつもと違うコーデで彼女が頑張ってきたっていうのが伝わったら……なんかもうそれだけで十分に思えるんじゃないかな。デートの時の服装なら尚更だよ。自分のためにそういう服を頑張って選んできたんだって、その事実が何より嬉しい、かな?」
「そ、そうなの……?」
「うん」
そんなに予想外の解答だっただろうか。亜莉愛は眼をぱちくりとさせて固まっている。あまりピンときていないのかもしれない。もう少し具体的に伝えた方がわかりやすいだろうか。
「例えば橋本さんだったら、似合う服装は……足が長くて綺麗だから、それを強調するブーツとかいいと思う。案外スカート以外も可愛いかもね。少しユニセックスなパンツやジャケットに、女の子っぽいふわもこの帽子みたいなの追加するとバランスも取れて結構似合うかも。普段のロングスカートも可愛いけど、挑戦するならそっち方向を勧めるかなって思う」
何度かデートもどきをしたが、亜莉愛はいつも似たようなひらひらのロングスカートを履いてくることが多かった。それが好きなのだろうが、彼女の物言いから違った服装にチャレンジしてみたいと考えているのが透けたのである。なら、他の方向ならこれがいい、という具体的なアドバイスをした方が喜ばれるだろう。
「勿論あくまで俺ならそういうのが可愛いと思うかな、って思うだけだから。割と橋本さんは何着ても着こなせるとは思うし……それこそ微妙に似合わない服装で来ても、嫌だとは思うないかな、全然。女の子が自分のために何かを一生懸命頑張ってくれた、って事実が嬉しいって思うのは、多分俺だけじゃないよ」
少しは、役に立てただろうか。すると彼女は――何故か挙動不審になって、眼を泳がせながら“ありがとう”と言ってきた。はっきり物を言うわりに、彼女の琴線や地雷がイマイチよくわからない。
まあ、ツンデレ気味の彼女がお礼を言ってくれたのだから、そこまで期待外れな答えではなかったのだろうと思うことにする。
「あ、それと……今週は橋本さんは部活で遠征があるから、時間とれないよね?毎週デートしてほしいっていう希望には添えなくなっちゃうけど、次は来週の金曜日の学校終わりでもいい?」
「え?……その、私の事情なわけだからそれはいいんだけど……金曜日に何かあるの?」
「まあね」
男子高校生としては、あまりメジャーではない趣味。それに、彼女を誘ってみようと思ったのである。というか“いつも私の好みにばっかり合わせないで、あんたが行きたいデートコースとかないわけ!?”と昨日起こられたからというのがおおきいのだが。
「今度は俺の趣味で良いって言うから……興味がなかったら言ってほしいんだけど」
バッグから、ぺらりと一枚のチラシを取り出す。“建英西高校主催、夏祭り公演会開催!”とデカデカとオレンジの文字で書かれたチラシを。
「俺、アマチュアの演劇見るのが大好きなんだ。特に高校生の演劇は、中学の時から毎年見にいってる。この公演会も規模は小さいけど、凄く面白くてお勧めなんだよ」
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