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本気の恋などではないと、わかっている。それでも彼女が僕がやることで喜んでくれるのは嬉しいし、いくら帰宅部の暇人であるのはいえ手間隙かけてデートコースを選んだ甲斐もあるというものだ。
お嬢様だけれど、彼女はお洒落なフレンチやイタリアンはさほど好きではない。というか、何度も食べ過ぎて飽きてしまっているのを知っている。学校の給食の時間がいつも楽しみだったのに、高校になってから弁当になっちゃってがっかり(そして彼女の弁当は、専属シェフに作らせたグラタンやチキンなどである)、と言っていたのを覚えていたためだ。
お金持ちなのに偉ぶらない(正確には素直になるのが極端に下手なせいで、偉ぶっていると誤解されることが多々あるだけである)のは彼女の長所だろう。こんな庶民の食事や場所なんて!と馬鹿にするどころかむしろ好んでいるふしがある。お昼に定食屋に連れていくと、彼女は驚いたように眼をまんまるにした。
「意外だわ。イタリアンでも予約したのかと思ってた。今まで付き合った男はみんなそうだったもの、私がお金持ちだからそういうところが喜ぶとばっかり思い込んでる」
でも、と。席に案内されて座りながら、彼女は言うのだ。
「神崎君は、違うのね。私が普通の和食が好きなの、ちゃんと覚えててくれたんだ」
「記憶力くらいしか取り柄ないしね。和食の店もいくつかあったけど、橋本さんは塩鮭が好きだって聞いてたから。シャケの定食が美味しいところをピックアップしたんだ」
「そう、なの。……ありがとう」
頬を赤らめて、どこか感動した様子の亜莉愛。こうして二人で会うようになってから、彼女の知らなかったところをたくさん発見してばかりだ。
例えば思ったよりもずっと、普通の女の子と同じ感性を持っていること、とか。
いつも自信満々にみんなのリーダーを務める印象があったのに、案外不安に思ったり緊張することも多いのだろうな、ということとか。
彼女の将来の彼氏はきっとそのギャップに驚いて、どんどん新しい彼女を発見するたび好きになっていくのだろう。少しだけ、羨ましいと思ってしまう。もう少し俺が自分に自信を持てる存在であったなら――罰ゲームじゃなくてちゃんと付き合って、なんてことも言えたかもしれないというのに。
「あの、演劇、なんだけど」
「うん?」
「劇が好きっていうのはわかるわ。私も嫌いじゃないし。でも、なんで高校生の演劇を見たいの?その……こう言っちゃなんだけど、プロと比べると技量なんて全然、でしょ?」
そう口にしてから、彼女は己の言葉を失言だと感じたのか、ごめんなさい!と頭を下げてきた。
最初の付き合って!の言葉こそやや横柄で無理矢理な感じであったが。こうしてともに過ごしていればわかる。彼女は本当はとても優しい女の子で、間違いを犯せばちゃんとそれを認めて謝る勇気を持ち合わせているのだ、ということが。
「いや、いいよ、気にしないで。……むしろ俺は、アマチュアだからこそ限られた範囲で頑張らなくちゃいけなくて、それで一生懸命頑張ってる人たちことが好きなんだと思うんだよね」
「どういうこと?」
「言ったろ?似合ってなくても、失敗していても。一生懸命な女の子の頑張りが俺は好きだ……ってさ」
注文をしてから、料理が来るまで。このちょっと手持ち無沙汰でさえある間が俺は嫌いじゃなかった。
その時間はただ、彼女と話すことに集中していられるのだから。
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