突然カノジョになったキミ

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「高校の演劇部がやってるってことは。プロみたいな、大がかりな舞台装置なんか使えないんだよ。数少ない予算の中で、限られた時間でセットをどうにか調達したり組み立てたりしないといけない。そして、プロみたいに場面ごとに切り替わるような便利なセットなんかまず作れるはずがない。それどころか、セットの移動や工夫に割ける人員さえ殆どいない場合もあるんだ」  演劇経験者ならわかるだろうが。役者は、当たり前ながら裏方をこなすことができない。その動きにあわけて証明と音響を担当する者がそれぞれ一人ずつ必要になる。なんといっても証明と音響は同じ部屋にないことも多いのだから。仮に同室だとしても、忙しすぎて両方こなすのは相当厳しいだろう。  そして、スポットを使うならさらに人員が必要になるし、役者も一定人数がいなければ時間一杯の劇をグダることなく魅せることが難しくなってくる。人数もお金も技術も限られた状態で、高校演劇というのは造り上げられなければいけないのだ。それが、どれ程の努力を要することであるか。 「プロより出来ないことが多い。制約が多い。その中で、プロでも顔向けの凄い舞台を作る人達がたくさんいるんだ。だから俺は、高校演劇が好きなんだよね。作る側じゃなくて見る側の好きだから、うちの演劇部には入らなかったんだけどさ」  ははっ、と笑って言ってやれば。亜莉愛は――そっか、と頷いてくる。 「そっか。……神崎君らしいね。そういうの。私にもわかる気がするわ。だって……私も、好きだもの」  そして突然、ごめんね、と頭を下げられたのである。今度は完全に何の謝罪なのかわからなかった。僕がキョトンとしていると、彼女は。 「私、恥ずかしくてちゃんと言えてなかった。……私、神崎君のそういうところが、好き。一生懸命頑張る誰かをひたむきに応援できるところも……私のためにいつも頑張ってデート考えてくれたり、答えを見つけてくれるところも……全部全部、大好きなの」  あっけに取られたのは、俺の方である。  その真っ赤な顔も、声も。――とてもじゃないが、演技には思えなかったためだ。 「……あの……その。本当、なの?罰ゲームとか、予行練習とかじゃなくて?」  思わず尋ねてしまった。仲良くしているうちに好きになったと言うならまだわかるが。そもそも自分達の関係は、彼女が告白してきてから始まっているのだ。殆どまともに話したこともないどころか、避けてきたはずの俺だというのに。 「その、俺のことが嫌いだから避けられてるのかなぁとか思ってたし。ろくに話したこともなかったじゃん、俺達」 「……やっぱり誤解してた。そんなことじゃないかと思ってたわ。だって神崎君、人には優しいのに……自分自身のことは全然信じてないし、自信もないんだもの」 「そりゃ……イケメンでもスポーツマンでもないし……」 「私にとっては十分イケメンだから!っていうかそういうことじゃないの!フツメンだろうと運動音痴だろうと大事なことはそこじゃないのよ!なんで言われないとわかんないわけ!?」  もう!と。彼女はちょっとだけ涙眼になりながら、僕の額をつんつんと攻撃してきたのである。 「自分に自信がないせいからなのか、神崎君は他人の良いところばっかり見てすぐ誉めるし!役立たずだと思ってるからなのか、何をするにしてもめっちゃ頑張るし!私とのことだって……罰ゲームだとか思ってるならなんでそんな丁寧にデートのこととか考えるの!?私のことちゃんと見ていてくれるの?好きな食べ物も服装もみーんなそう!!良い人すぎ!!」  だから!と。彼女は店の中であることも忘れたように、大きな声で宣言してくれたのである。 「そんな優しい神崎君のことが私は好きなの!恥ずかしくて遠巻きにしていっつも見てたし、近寄れなかったのよそれくらい悟りなさいよ!そんでもってそんな誰かさんをぜーんぶ私一人で独り占めしたくなっちゃったわけ、悪い!?もう、ここまで言わなきゃ伝わらないとかほんとあり得ないんだから!!」  マジか、と。ぽかん、と口を開けて固まってしまう俺。気がつけば――二人仲良く、林檎みたいに赤い顔になってしまっている有り様だ。  全く、人前でなんと恥ずかしいやり取りをしていることか。 「……本当にいいの?俺で」  俺は――嬉しいくせに、真っ直ぐ彼女を見ることもできずに視線を逸らした。どうやら彼女のツンデレがすっかり移ってしまったらしい。 「地味すぎる彼氏作ったって、後悔しても、知らないからね?」 「まだそんなこと言ってる!ばっかじゃないの!」  彼女に告白されて、始まった奇妙な日々。  友達から、新しい関係にステップアップした最初の日は――塩鮭とお味噌汁さえも、なんだか甘くてたまらない気持ちになったのである。
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