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「ふーん……。小野寺先輩は3階に付き合ってる人がいるのか。」
今日の勤務が終わり、自分の部屋に戻りながら独りごちていた。あの様子じゃビンゴだ。しかも男。女と付き合ってて、「殺される」という表現は普通使わないだろ。それに、「やつ」って言ってたし。小野寺先輩の雰囲気からして、たぶん先輩は「下」だな。
「ざーんねん。好みだったのに。」
3階のバックヤードを抜けて、居住スペースの壁に手紋を当ててひらくと、5つ並んだ真ん中の部屋に進んだ。入ってすぐが小野寺先輩の部屋。1度ここから出てきたのを見たから間違いない。それに今までの話をつき合わせると1番奥が生田先輩の部屋だったところ。俺に割り当てられたのがちょうど真ん中。このモールが建てられてから大分たったが、まだ新築の匂いが漂っている。ここにはほとんど誰も住んでなかったのかもしれない。
「今日は呼ぶの諦めるかあ……由香里、怒るかな?」
1階の雑貨屋で働く彼女にどうやって納得してもらうのかに頭を悩ませる。まだ付き合って1か月。誰にも言わないことを約束させてここへ連れてきた。1回だけだ。誰かに見られてたのか……。あと半年、このショッピングモールに拘束されてなきゃ、どうにでもなるのに……。
『店終わったらメールちょうだい。』
ま、何事も会ってからだ。俺は彼女にメールを送って浴室に向かった。
「お待たせいたしました。」
目の前に料理が載せてあるお盆が置かれる。料理を持ってきた女の店員が、チラッとこちらを見ている。何だ? 俺が好みか? でも俺は二股はかけないぞ?
俺は風呂に入った後、夕飯を食べに1階のレストラン街にいた。今夜の夕飯はトンカツ定食。久しぶりに、ガッツリ脂っこいものを食べたくなった。由香里はまだ勤務中。今日は8時までだと連絡が入った。
『それにしても、奇妙な会社だよなあ。』
トンカツを咀嚼しながら考える。俺が就職したのはFO企画株式会社。ここ、ショッピングモール「FOUR」を運営している。……というのは表向きで、地下にある広いフロアを使って、何やら怪しげな研究をしている。行った事ないけど。大学卒業後、1年間フラフラしていた俺を見て、母親が伯父に泣きつき、経理部に就職させられた。怪しげな研究の事については、就職して1週間後の研修の中で俺だけ別室に呼ばれ、聞かされた。
『今日から、この建物以外に出ることを禁じる。伯父の乾さん、君の両親も納得済みだ。もちろん、誰かにこのことを話すこともダメだ。知っているのは、俺と、同じ経理部の生田、小野寺、あと地下にいる者だけだ。だから、この事を気軽に喋ることができない。』
杉崎課長に言われて、変に納得してしまった。情報漏洩を防ぐための拘束なんだ。アパートまで準備して……。俺はその中のある特殊な任務をこれから半年かけて遂行する事になるんだそうだ。
とにかく、来年の4月1日になるまでは、ここにいるしかない。病気になったらどうすんだ? まさか、病院まで入ってる訳じゃないだろうな?
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