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「さあて、行くか!」
自分の住居を出て3階のバックヤードをひたすら歩く。由香里とは、3日前に別れた。俺のアパートに行きたいという由香里をごまかすのが限界だった。傷心の俺は髪を明るく染めた。気分転換ってやつだ。服も買った。俺の任務は毎回違う服装でって事になってるし。服を買うのに今月から毎月1万円が給料に上乗せされてる。凄いな、この会社。儲かってんだな。
突き当たりは何の変哲もない壁。でも少し手前に仕切りが置かれて、あまり目立たなくなっている。右手を壁につけると、俺の手紋に反応して扉が開く。中に進むと、聞いていた通り、白い螺旋階段があった。
迷わず駆け上がる。あれ……? 音がしない。鉄じゃないのか? 上までつくと、小さな白い部屋があった。全体が白い。縦長の8畳ほどの空間の向こう側にカーテンのない窓があり、朝の光が差し込んでいた。部屋自体が眩しいぐらいに輝いている。聞いていた通り、壁にしか見えない右の手前に手紋を合わせてみる。すぐに扉が開いて中に入ることができた。
「おはようございます。」
……返事がない。留守か? 藍色で囲まれ、少し暗い空間に足を踏み入れた。
「おはよう。」
奥のパソコンの前に1人の男が座ってこちらを見ていた。この「過去の部屋」の管理人だ。今日の任務を詳しく教えてくれるはずの……。
「伊那村です。初めまして。よろしくお願いします。」
「ああ……こっちへ来い。」
威圧感がすごい……。俺は素直に指し示された左側の椅子まで来て座り、管理人に向き合った。
「毎回、飛ぶ年代が違う。ターゲットもだ。一応持っていくスマホにその時の情報は落とすが、混乱しないようにしろ。」
「はい。」
俺も背は高い方だが、コイツは俺よりも一回りデカい。声が低いな……。俺もこんな声になりたかった。
「今回のお前は佐藤幸一だ。年は24。……実年齢。何かあったときのための身分証と運転免許証。」
机の上に2つのカードが置かれる。名前を確認しつつ声をかけた。
「あれ?4年前からここの会社ってあったんですか?」
「ああ、この会社が設立されたのは8年前だ。知らなかったのか?」
いや、このショッピングモールがオープンしたのは8年前……。良く覚えてる。俺が高校の時。友だちや彼女とよく訪れた。じゃなくて……。
「初めて人を過去に送り込んだのは去年だと聞いていたので。」
「研究はもうその前から始まっていたんだ。もう10年以上経つ。……お前、研修で何を聞いていたんだ。」
「すみません。」
素直に謝りながら、管理人の手元を見つめる。キーボードを叩く速度が異常に速い。左手に……指輪? まだ若そうなのに結婚してるんだ。早いことで……。でも、ここに住んでるんだろ? 生田先輩がそう言ってたぞ? 奥さんはどこにいるんだ?
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