74人が本棚に入れています
本棚に追加
「奥村くん!」
バスを降りてすぐに、俺を呼ぶ声が聞こえた。声のした方に顔を向けると、駆け足で近づいてくる女の子が目に入った。クラスメイトの……松岡さんだ。小さなドットが散りばめられた黒いワンピースを着ていて、少し大人っぽい。
「ああ、久しぶり。」
知り合いには会いたくなかったんだけど……。そんな気持ちを押さえつけながら、無理矢理笑顔を作った。
「どこ行くの?」
「うーん、本屋……かな。」
松岡さんは違う事を願う。一緒に……なんて言われたくない。
「そっか。残念。私FOURで待ち合わせて映画を観てくるんだ。」
ホッとした。俺とは反対だ。たぶん、これからバスに乗るとこだ。
「バスが来るまでちょっと話しない?」
松岡さんの言葉に同意して、近くの自販機で2人でお茶を買った。
「誰と待ち合わせ? 彼氏?」
こちらから聞いてみた。制服とは違ってとてもオシャレをしている。大人っぽい。化粧もしてるかな?
「やだ、違うよー。美里と優梨。」
ああ、そうか。陸上部の3人だ。この3人は結構ボーイッシュで気さくに話しかけてくる、女の子の中では数少ない話しやすいクラスメイトだった。
「へぇ、なに観てくるの?」
松岡さんの少し長くなった髪の毛を見ながら話しかける。陸上部は県大会まで行ったんじゃなかったっけ? ……あれ? 引退したのか?
今話題のSFアクション映画を観てくるらしい。話を聞きながら、もうそろそろバスが来ないかな、と考え始めていた。
「ね、奥村くん、付き合ってる人いないの?」
いきなり話題を変えられて、反応が遅れた。
「あ? ……ああ。今はいないよ。」
というか、今までいた事ないけど。
「……好きな人がいるってほんと?」
「まあね。」
一年以上これで通してきた。いつも通りに答える。
「……誰か……聞いてもいい?」
「……。」
それは内緒だよ。誰にも教えたことがないし。……流せばいいだけなのに……いつも通りの言葉が出てこなかった。何て言おうか考えながら青空に目を向ける。今日も遠くに入道雲が見えるだけで真っ青な空が広がっていた。
俺の好きな人……去年の10月に突然出会い、嵐のように俺の身も心もかき乱して去って行った……裕次郎さん……。
黙り込んだ俺の様子を見ていた松岡さんが、しばらくしてポツリと呟いた。
「苦しい恋、してる?」
「ははっ、そうかもね。松岡さんは?」
無理矢理笑顔を貼りつけて松岡さんを見た。
「私も……叶わない恋をしてるかも……。」
なんて言ったらいいか言葉を探しているうちに、松岡さんが乗る予定のバスが入ってきた。
「じゃ、私行くね! また明日、学校で!」
急に立ち上がって笑顔になった松岡さんにホッとする。
「うん。また明日。」
松岡さんを乗せたバスは、程なく停留所を離れて行った。
最初のコメントを投稿しよう!