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「手作りのパンもいいよなあ。」
本屋にずらりと並ぶ料理本コーナーで「初めての料理」シリーズを手に取る。高校を卒業して母親が営んでいる店を手伝うにあたり、今までにない色を出したかった。
3年になってすぐに、進学するつもりはないことを告げた時、母親は半分泣きそうだった。
『お金の心配はいらないわよ?』
そう言われても心が動かなかった。学校ではそこそこの成績は取ってるから、大学も選べば、あまり金のかからない国公立に入る自信がある。でも、この街から出たくなかった。この街から通えるところに俺が入れるような国公立の大学は無かった。
『母さん、俺、この店を継ぎたいんだ。』
そう言った時、母親は泣き笑いのような複雑な表情を浮かべて、
『やっぱり……似ているわね。』
と呟き、それ以上反対はされなかった。
似てるって誰に? 母さんに? それとも……父さん? 聞きたい気持ちが大きくなったが、黙り込むしかなかった。
『じゃ、将来的に調理師免許でも取ってもらおうかな。』
卒業後すぐじゃなくともいいから、そう付け加えた母さんに、
『いつかね……。」
と返すしか方法はなかった。
『ホームベーカリーっていう家電があるんだ。』
雑誌を漁りながら考える。家で出すパンは、どこかのパン屋が定期的に卸しにやってくる。家でパンを作れるようになれば、コストダウンになるんじゃないか?
夏休みの間、バイトをしていたショッピングモールのカフェでは、手作りのクロワッサンに色々な食材を挟んで提供していた。クロワッサンにバターやクリームを添えただけのものも人気があって、毎日沢山の客が訪れていた。コーヒーも本格的で、店のオーナーが毎日焙煎しているって話を聞いたことがある。会ったことないけど。俺は決められた通りにコーヒーをおとして運ぶだけ。クロワッサンは2人の担当が奥の大きなオーブンで焼いていた。
『あんなに大きなオーブンを買うとしたら、何百万円とかかるだろうな……。』
家にはそんなにお金があるはずない。気になるホームベーカリーはいくらなんだろう。夏休みに貯めたバイト代で買えるかな。
俺は次に少し離れた電器屋に足を運ぶことに決めて、本屋を後にした。
歩きながら時間を確認すると、もう12時を過ぎていた。
「お腹すいたなあ。」
何か食べようと考える。できれば、友達なんかに会わないところで……。
『駅の立ち食い蕎麦屋!』
昔、母親と寄ったことのある小さな蕎麦屋。あそこなら、知り合いになんか会わないだろう。俺はまず腹ごしらえをすることに決めて、人が多くなった通りをぬうように駅に向かった。
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