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自分の部屋に戻り、着替えてスマホと財布を持つ。まだ7時半……。どこへ行こうか……。
「母さん、友だちとカラオケ行ってくる。遅くなるから。」
「気をつけてね! 鍵はいつものとこよ。」
「うん。」
コンロに向かっていた母親と会話して、店を通って外に出た。10月になってずいぶん寒くなってきた。ジーンズにパーカーではちょっぴり寒かったな。中は半袖じゃなく長袖を重ね着すべきだったかも……。
俺はあてもなく歩き始め、近くの公園に向かった。この街最大のショッピングモールの裏側にある公園。大きな公園で、遊具が固まって設置されているエリアのほかに、桜や名前のわからない木々が並んでいる遊歩道、噴水を囲むように椅子が円状に並んで設置されているエリアなどがあった。夕方には犬の散歩をしている人と多くすれ違うが、この時間は人気がない。噴水エリアまできて腰を下ろした。
『これからどうしようかなあ。』
母さんには友だちとカラオケに行くと言ったが、もちろん約束があるわけじゃない。母さんを安心させるため……普通の男子高校生を演じるためだ。いつもこんな時はショッピングモールで時間を潰すが、知り合いに会うことも多かった。今日はあまり会いたくない。
『バスに乗って駅の方にでも行ってみようか。』
駅の周りには本屋や、ゲームセンターなんかもあったはずだ。ちょうど公園の入り口にバス停がある。今の時間は、どのくらいバスが走ってるのだろう?
動き出そうと立ち上がった時、後ろから声をかけられた。
「こんなとこで、1人なんて危ないなあ。」
どこかで聞いたことのあるような声に、ハッとして振り向いた。
「どなたですか?」
そこには細身で背が高く、真っ黒な髪の男がいた。一日中歩き、疲れ果てたようにネクタイを緩めてスーツを着崩している。年は……20代後半? 俺よりずいぶん年上なのは確かだ。警戒して後ずさる……。大丈夫か? 俺は男だぞ?
「……真人、だろ?」
「えっ?」
誰だ? 知り合い? この雰囲気……どこかで会ってる? 父親……のわけはない。若すぎる。
会ったことのない父親はどこかで生きている。中学の時そう教えてもらった。不倫だったのか、ただ俺を身篭ったのが分からずに別れたのか知らない。そこまでは聞かなかった。母さんが「ごめんね。」といって初めて見せた涙に何も言えなかった。
「あの、どうして俺のことを……? お名前は?」
「俺は……裕次郎。『ゆう』って呼んで。」
質問の半分しか答えてない。もう一度尋ねた。
「ゆう……さん? ……どうして俺のことを?」
「探してた……会いたかった……!」
そう言って裕次郎という男が、俺の体を引き寄せた。
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