12.

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食器を洗う水音を背後に聞きながら真人はふとテレビを置いた本棚に立てられた雑誌の隙間から少しだけはみ出ている紙の端に気付き引っ張り抜いた。 走り書きされたそれは住所だった。 アルファベットと数字が並んだそれをちゃんと読もうとした時、ぱっと視界から紙が消えた。 真人の手からメモ紙を奪った葭弥はそれを畳んでポケットへと突っ込んだ。 一瞬しか見えなかったが最初の国名で真人はそれが何なのかは分かっていた。 「住む場所、決まったの?」 真人の問いに葭弥は溜息を付くとあぁ、と頷いた。 「いつ、行くの?」 隠しても仕方が無い、と諦めた葭弥はカレンダーをちらりと見た。 「来月」 すでに今月は残り少なかった。 「そんな…」 困惑する真人に葭弥はベッドに座って膝に肘をつくと話し掛けた。 「マナのことが片付くまで出発は遅らせてもかまわない」 葭弥の言葉に真人はショックを受けた。彼は自分と一緒に行くつもりはないと遠まわしに言ってるようなものだった。 葭弥の腕をすがるように掴み真人はじっと見つめた。 今ここで葭弥が告白をしてくれるのならば真人は迷わず答えを出せた。 何一つ持たない自分が葭弥に付いて行きたいとは言えなかったから。 望みも込めた真人の眼差しに葭弥は複雑な表情をした。 躊躇いがちに真人の耳の下に手を添えて顔を上げさせる。 瞼を閉じた真人の顔が徐々に近づき吐息がかかる程に唇が近づいた時、葭弥は動きを止めた。 いつまで経っても葭弥からのキスはなく目を開けた真人は黙って笑みを浮かべる葭弥と目が合った。 胸に込み上げる想いが涙となって視界を滲ませる。 「俺、葭弥がー」 葭弥の親指が真人の唇を押さえた。 「ビール、切らしたから買って来る」 立ち上がり、部屋を出て行く葭弥に真人は涙を零したのだった。
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