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葭弥の手を掴んでいた真人の手に力が込められたのに気付き葭弥もそっと握り返してやった。 「慎太郎に連れ戻された後、いつものようにデータを取るための準備をしていたら慎太郎は言ったんだ。もう、必要ないって。後は自分が結果を出す段階だからって」 その時、慎太郎と哲雄の研究は最終段階へと差し掛かっていた。この結果によって真人が新たな利用価値を生むのだと信じていた二人の精神状態はすでに狂気の域へと達していた。 「それからの慎太郎は元に戻ったみたいに優しかったけど何かに憑かれたみたいにトレーニングを続けてた。俺にはその意味が分からなかった。あの日、偶然葭弥の出発の日を知るまでは…」 それは運命の日。偶然、慎太郎の通話を立ち聞きしてしまった真人は葭弥が日本を発つのが明日なのを知り、居ても立っても居られなくなった。 マンションを飛び出した自分の背後から何度も名前を呼ぶ慎太郎の声は聞こえていたが立ち止まることはしなかった。 最後に彼に会ってもう一度だけ言って欲しかった。あの南の島で言ってくれた言葉を。 甘えるつもりはない。ただその言葉だけでこれからも生きていけると思ったから。 真人があの夜のことを話そうとした時、突然ガラスの割れる音が一階から響いた。
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