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「嘘だろ…」
どれだけ間抜けなんだ。
それにしても誰か止めろ。
何故無視なのだ。
分かれ道があるなら誘導員が立ってるだろ。
おトイレ?
そして……気付け!俺。
これがランナーズハイと言う現象なのだろうか、迷うような分かれ道に覚えは無いし、他のランナーの背中に付いていた筈なのにどうしてなのか……
数分前の記憶が曖昧になっている。
見た所、走って来たは一本道だから戻ればどこかで正しいコースに辿り着けるのだろうが、喧騒が聞こえないのだ。遠くまで見渡せる酷く寂しい道は人っ子一人見えない。
つまりかなりの規模でコースを外れたって事だ。
何だか馬鹿馬鹿しくなって白く広い砂丘の手前から緑のグラデーションを描く草地に腰を下ろした。ふかふかと柔らかい緑の上に寝転ぶと気持ちいい。
「携帯…は…無い」
取り敢えずはここまで走ったって証拠写真を撮りたい。
大学の近所にある陸上競技場から走って来れる距離の場所から海が見えるなんて知らなかったけど、こんなに綺麗なのだ、きっと有名な筈だ。
迷子になったなんて笑われるだろうけど、体力が尽きてタイムが遅かったと言われるよりはマシだと思う。
しかし、携帯どころかお金も無い、何も持って無い、しかも服はTシャツと膝丈の短パンだけだ。
走ってたからホカホカしてるけど季節は春だ、陽が傾けば寒いかもしれないな……
……なんて色々考えているうちに、もうすっかり急ぐ気は無くなった。
「空が青いな〜」
音が無い、さざめく波の音が微かに聞こえるだけで音が無い。
ここで、普段はどんなに喧々たる音に包まれていたかを思い知る。人が話す声、車やバイクの音、横断歩道が定期的にピヨピヨと鳴く、下宿しているアパートの部屋でさえ両隣と上の階から、「部屋の中にいるの?」ってくらい間近で生々しい生活音が聞こえる。
音と一緒に暮らしいていた、「音」は常に付き纏い、途切れる事なんてないのだ。
「これは…もしかしたらラッキーな体験かもな」
マラソン大会は三連休の初日なのだ。
ちょっと休んでから来た道を戻り、一応は完走する。そして明日か明後日またこの海岸まで遊びに来てみようと思った。
今度こそ携帯を持って…。
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