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そして、報道陣にとっては、ネームバリューや話題性の観点からこちらが本命だったのは火を見るよりも明らかだ。決して気のせいではなく、先程、伊能が登場したときのそれよりも格段に大きな拍手が沸き起こる。
同時に、さかんにフラッシュが焚かれるなかを、沓見と紹介された細身の男がふらりとすがたを現す。だが、足もとはおぼつかず、何とかテーブルまでたどり着くと、空気の抜けた風船さながらに、伊能の向かって左側に用意された椅子にへたり込むように着席した。
「──すみません。沓見さん。先に簡単にご挨拶をいただきたいのですが。……沓見さん? どうされました?」
その姿勢のまま、黙していっこうに語らない男にさすがにしびれを切らしたのだろう。司会者が、笑顔を引きつらせながらさりげなく起立を促す。それでもなお、まったく顔を上げようとしない沓見の異常に気づいたのか、報道陣の間にもにわかにざわめきが広がる。
「……大丈夫ですか?」
とっさに隣から声を掛けると、ようやく緩慢な仕草で首ごとこちらを振り向く。頭上から照りつけるライトのせいか、白いのを通り越して蒼白にも見える顔色のなかで、そこだけ強いひかりを放つ紫紺の瞳がまっすぐに伊能を捉えて、それからさも気だるげにゆっくりと細められた。
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