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 沓見が起こしたあの一連の騒動から数か月、その後も試写会やら映画の宣伝やらで楢橋とは何度も顔を合わせてはいたものの、ほかのスタッフたちの手前もあり、まだきちんと礼を述べられていなかった。 「また落ち着いたら改めてお時間を頂戴できたらと思いますが、その節は本当にお世話になりました。八雲さんから、今の部屋を斡旋(あっせん)してくださったのも、白崎さんに話を通してくださったのも監督だと伺っています」 「……ああ、そのこと? いや、俺は何もしてないよ。部屋を用意したのはうちの親父の会社の人間だし、白崎さんは、八雲がこのあいだの交換条件として口八丁でうまく丸めこんだってだけ」 「──でも、それを指示したのは監督ですよね。……どうして、僕たちのためにそこまでしてくれるんですか?」  いつもの調子でのらりくらりと躱そうとする楢橋を追及すると、しばし考えるような間を取ったあと、こっち、と満員の客席を指し示す。 「ほら、見てみなよ。ここにいる観客たちは、言ってしまえばみんな赤の他人だ。でも、そんな彼らが今この瞬間だけは、俺たちがつくった映画を共有してそれぞれに何かを感じ取ってくれてる。……それってさ、本当にすごいことだと思わない?」  そう語る楢橋に促されるまま覗いた会場では、小さく洟(はな)をすする音やため息を吐く音が至るところから聞こえ、さらにはハンカチでしきりに目許をぬぐう仕草を見せる観客までいた。
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