episode 0. 炎の館

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episode 0. 炎の館

 木造の建物にはすでに火がまわっており、脱出は難しい状態だった。  それでも、男は自分の命を救いたくて、目の前に立つ人物に必死に懇願する。 「た、たのむ、助けてくれ! 命だけは……!」  腰を抜かして地面にへたりこみながら、どうにか両腕を持ち上げて拝む。  すると、炎と煙が迫ったこの場面にそぐわない、軽やかな笑い声が鼓膜を打った。  目の前の人物は、この世の者とは思えない美しい顔に涼しげな笑みをたたえ、そのくせひどく残酷なセリフを吐き出した。 「助ける? 何故、私がそんなことをせねばならんのだ? お前ごときの命、拾うに値せぬ。この館とともに滅びよ」  そうしている間にも、パチパチパチ――と炎が館を飲み込む音が響く。 「な、ななにが、なにが目的だ? 金はない、研究の成果なら、そこに積みあがっている。ひ、必要ならいくらでもあんたに協力するから、たのむ……!」  男の懇願に対し、反応はいたって冷ややかだ。 「お前の研究など、私には必要ない。そして、この世界にも必要ない。こんなものは、お前の命同様、単なるごみ屑にすぎないのだよ」  男が研究の成果をまとめていた机の上の論文へと、白く美しい手が伸びた。すると紙束は一瞬で燃え上がり、炎の舌を躍らせ、(すす)となって舞い落ちた。 「ひぃ……! どうか、どうか……!」  男はただ必死に頭を下げた。  目の前に立つ、このとてつもなく強力な魔法を操る美しい人物が女であるか男であるか、その目的を推し量る余裕さえなかった。ただ命が惜しかった。額を地面にこすりつけ、ただひたすらに助けてほしいと懇願する。  冷ややかに自分を見下ろす視線を感じながら、しかしその相手が「そうか、わかった」と言ったことに驚きと安堵(あんど)を感じ、男はガバッと音のしそうな勢いで頭を上げた。 「ほ、本当か!?」 「あぁ、よかろう。お前に救いをくれてやる」  男は、我が身に起きたことを疑った。  体中の水分が抜け落ちて、内側からカラカラに干からび、まるで(わら)にでもなったような感覚があった。その一瞬後には、男の内臓には凶暴な炎が(とも)り、男の全身を瞬く間に焼き尽くした。 「ぎゃぁぁぁっぁぁぁっ――!」  悲鳴の後半は炎に飲み込まれ、後にはたりはパチパチパチと炎の爆ぜる音だけが空しく響いていた。 「苦しみは一瞬だったろう、()れ者が」  音楽的な響きを持つ声が、無機質に告げた。  かつて男のいた場所に注がれる視線は、永久凍土よりも冷たく凍てついた光を放っている。  男に死という救いを与えた者――仮に、無名の魔法使いと呼ぶことにしよう。  無名の魔法使いは、無感動に研究部屋を一瞥すると、家の敷居をまたぐかのように自然にかつ最小限の動作で、瞬間的にその場から姿を消した。
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