episode 2. 魔法使いの日課

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 パメラ・シージェンスの墓は、緑の草に覆われた小高い丘の上にあった。中央に巨大な岩が置かれ、その周辺には五枚の岩が中央の岩を囲うように横たわっている。その周囲を、簡素な木柵が取り囲む。ちょっとした遺跡のような場所だった。  丘を下ったところに小さな教会がひとつ建てられており、礼拝者はここでパメラ・シージェンスを拝むのだという。 (お前、想像できたかい? お前が死んでからもう千年近くになろうというのに、まだお前の名を崇める者たちがいるのだよ)  パメラ・シージェンスは、始まりの五人の魔法使いのひとりであり、記憶を操る魔女として知られている。伝承によれば、「悲しみの記憶を封印し、人々に希望を与えた」とされる。  実際には、無名の魔法使いが光陰の魔法を授け、同時に女児にのみ受け継がれる記憶の呪いを課した。パメラの子孫は今も存命であり、混乱を極めた新時代の幕開けの記憶を、代々受け継いでいる。その女性は、現代においては『時計塔の魔女』と呼ばれているのだが、彼女とパメラ・シージェンスがほぼ同一人物であるという事情を知るものは少ない。  遠くの村から続く一本道を歩いて来る礼拝者の群れが、間隔を空けて見える。中には、教会での礼拝に留まらず、この“聖地”をぐるりと一周して帰る者もいた。だが誰も、魔法で背景に溶け込んだ無名の魔法使いに気付く者はいない。 「ご苦労なことだ」  いささか皮肉っぽく呟いた無名の魔法使い。だが、彼らの行動を醜いとは思わなかった。伝説となった死者に対する敬慕の念は、理解できないまでもじゅうぶん容認できる範囲だった。許せないのは、それを政治や戦争に利用しようとする考え方である。 「五人の魔法使いたちは、みな争いの傷跡を塞ぐために奔走し、生をまっとうしたのだ。自分たちが戦争の大義名分(どうぐ)に使われることを、決して喜びはすまい」  遠い日の出来事に思いを馳せながら、無名の魔法使いはぽつりと呟いた。またひとつ、シャボン玉が風に流されて消えていった。
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