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episode 3. 魔法使いの仕事
結局、アルフォーレ国は隣接する自治領への侵攻を断念した。国内で白い獣が暴れまわり、その対処に兵力を割かねばならなかったからである。
この白い獣のことを、人間たちは「白き闇の眷属」だとか「魔王の眷属」だとか呼んでいるようだ。別に正式名称を定めているわけではないし、事実とそう乖離があるわけではないのだが、人間たちの知らない事情もある。
それは、この白い獣を生み出しているのが、人間たち自身の負の感情ということである。怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖、猜疑心……そういった暗く重い負のエネルギーを掬い取って初めて、彼らはこの世に顕現する力を持つ。争いは、根底に負のエネルギーを内蔵する。つまり、人間は争うごとに自ら白い獣の出産を助けていることになるのだ。
これは白い獣を生み出すことで負のエネルギーを消費して減少させ、また生まれた白い獣と向き合うことで武力を発散させる、いわば人類の自浄作用を担うシステムである。そして、このシステムを生み出したのが、無名の魔法使い、その人だ。実質的な運用は、フォ・ゴゥルに委ねられている。
なお、自然災害の発生によって人間界に負のエネルギーが膨れ上がった際には、白い獣が量産されないよう、無名の魔法使いがコントロールしている。
「良かったなぁ。戦乱は回避されたぞ」
古城の壁にかけられた鏡に映し出された、赤子の姿に向かって話しかける。赤子は、机の脚につかまり立ちして、よだれをたらしながらどこかをじっと見つめている。あの新緑のような緑の瞳がこちらを見ていないのは残念なことだった。
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