episode 4. 赤ん坊の仕事

3/5
前へ
/70ページ
次へ
 交差させた二本の前足に長いあごを乗せ、フォ・ゴゥルは疑問に思う。  果たして、あの方に人間の愛のなんたるかが理解できるのだろうかと。  フォ・ゴゥルと無名の魔法使いの一部は常につながっている。そのつながっている部分の中に、深く暗い負のエネルギーが渦巻いているのを感じる。自分たちは日の当たる場所を堂々と歩ける生き物ではなく、その影にひっそりと息づく存在でしかないのだ。 (人間とは、愚かで弱く、そして無限の可能性を秘めた生き物だ)  おそらく、人間の赤子は動物の中でも最も弱い部類に入る。生まれた直後は、誰かの世話にならなければ自分の生命維持あえ危うい。それが成長して大人になり、社会という集団に属し、その社会が何世代も()たとき、種としてひとつ進歩する。世代を経るごとに賢く強くなっていく。それが人間という生き物だ。  対して、フォ・ゴゥルたちは、この世に生まれ落ちた瞬間から完全な存在だ。親も兄弟もない。互いに思いやる心、弱者に対する慈しみというものを、体験したことはなく言葉でしか知らないのだ。定められた秩序に従い、善か悪かの二択で物事を決めて実行する。矛盾(むじゅん)葛藤(かっとう)の中で日々を生きる人間たちとは対極の存在と言える。 (私は(あるじ)に何を望んでいるのだろうか。いっそほかの白い獣たちのように意志も感情もない存在ならば、こんな風に考える必要もないものを)  無名の魔法使いが腰かけていたソファを横目で盗み見たフォ・ゴゥルだったが、やがて考えることを諦め、静かに瞳を閉じた。  考えたところで、なるようにしかならない。所詮(しょせん)自分は、主の一部にすぎないのだからと。 * * *  無名の魔法使いは、再び旧ブルゴーニュ地方の孤児院を訪れていた。  いつものように気配をなじませる魔法をまとい、堂々と院内を歩く。中庭に出ると、ほどなく探していた姿を見つけることができた。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加