episode 4. 赤ん坊の仕事

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 中庭に面した廊下に、椅子に腰かけた老婆と緑の瞳の赤子がいる。 「あら、坊やはこの婆さんの指が好きかい、そうかい」  老婆は赤子に語り掛けているとも、独り言ともつかぬやわらかな言葉をつむぐ。その指は、きゃっきゃと笑う赤子の前で、ゆったりと振られている。赤子はときおり手を伸ばして、ぎゅっとその指を握り締める。そのたび、満足そうに笑った。  無名の魔法使いは、なによりもまず赤子の成長に驚いた。 (あの貧相な子どもが……倍ほどに大きくなって、健康的な肌つやをしている)  鏡越しに見るのではなく、じかに会うことで赤子の成長を肌で感じることができた。  そして、無名の魔法使いの瞳は、かすかな魔法の光をとらえた。 (これが……幸運のお守りという魔法か)  老婆の指先に、ほんのりと宿る魔力。その輝きは春の木漏れ日にも似てただひたすらにやさしい。そしてなんと、それを握り返した赤ん坊の手のひらにも、同じ淡い光が宿っている。ふたつの光は穏やかに老婆と赤子の笑顔を照らしていた。 (互いに通じ合う心……いや、赤ん坊に確固たる意志があるはずがない、それなのにこの光は……)  無名の魔法使いが興味津々(しんしん)に観察していると、やがて老婆は立ち上がり、乳児の集まった部屋に赤子を寝かせ、右足を引きずりながら去って行った。部屋には別の職員がふたりほどいて、それぞれに忙しく片づけをしたり、泣く子をあやしたりしている。  無名の魔法使いは、無言でベッドの(そば)に立った。  赤子は、その印象的な緑の瞳で、無名の魔法使いの姿をとらえた。
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