episode 4. 赤ん坊の仕事

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 無名の魔法使いは驚かなかった。直感の鋭い動物や子どもは、本能的にその姿を見抜くことがあるのだ。 「やぁ、ほとんど一年ぶりか。元気にしていたか?」  赤子は、「だ、あーあー」と短い腕を伸ばした。無名の魔法使いは、そっとその手を取る。赤子の小さな手のひらが、力強く指先を握り締めた。 「そうか、元気か。それはいいことだ」  無名の魔法使いは、知らず知らずのうちに微笑んでいた。それにつられるように、赤子もきゃっきゃっと笑った。指を握る手にさらに力が入る。 「お前は、こんなに小さいのに驚くほど力が強いのだね」 「あー、うー、ぱ、ぱ!」  赤子はさらに笑った。よだれがたらたらと垂れてくる。「汚いなぁ」と言いながら口元を白い布で拭ってやると、手足をばたつかせて喜んだ。  そしてなんと。無名の魔法使いの指を握り締めた手のひらに、小さな淡い光が宿る。そのあたたかい光は、無名の魔法使いをここ数百年で一番驚かせた。 「お前は――お前は、私にもこの光をくれるのだね」  そう夢見るように(ささや)いた無名の魔法使いは、自分がどれほど穏やかな表情をしているかを知らない。知ったらさらに驚くことになるだろう。  しばらくじっと赤子と見つめ合っていた無名の魔法使いは、そっとその小さな手をほどくと、静かに立ち上がった。 「元気で強い子になりなさい」  言い残して孤児院を立ち去る。  その姿を見送るかのように、緑の瞳はじっと空中の一点を見つめ続けていた。
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