episode 5. 閉ざされた森の塔

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 横から黒い服をした中年の職員が「すみません!」と割り込んできた。幼児の前にかがみこんで、「おじいさんに、クッキーを渡してあげて」と、そのバスケットの中からラッピングをひとつ取り出す。 「はい、どーぞ」  小さな手にラッピングを握り締めた幼児は、背伸びしながらそれを渡そうとする。  しわだらけの手でそれを受け取り、「いくらかな?」と訊いた。 「2クプです!」  職員の言葉をオウム返しにして、元気よく叫ぶ。 (うーん、運営資金に()てるつもりなんだろうが、良心的な値段だな)  このところ、ときどき人間の町で買い物をするようになった無名の魔法使いは、庶民的な感想を心の中に思い浮かべた。  そして銅貨を五枚取り出し、白く小さな手のひらに置いた。 「ありがとう。甘いクッキーをくれたから、お礼だよ」  職員が多いからと一部を返そうとしたが、断った。多いと言っても大した金額ではない。 「おじーさん、ありがとう」  小さな手のひらをバイバイと振る姿に、自然と笑みが深くなる。 「坊やも、ありがとう」  そして、他の人間たちにまぎれて丘を下って行く。人目を避けるように、その姿はつむじ風となって空へ消えた。 「ずいぶんぼそぼそしたクッキーだな」  フォ・ゴゥルと一緒にバザーで買ったクッキーをつまみながら、不平を口にする無名の魔法使い。 『そうですね。でも、全部召し上がるんでしょう?』  フォ・ゴゥルに言われ、黙々と次のクッキーに手を伸ばした。
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