episode 6. 望みうる未来

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 その様子を例の大きな鏡で見ていた無名の魔法使いは、「ふぅん、養子縁組ねぇ」と頬杖をつきながら呟いた。 「フォ・ゴゥル、どう思う? あいつにとってはいい話なのかな?」  無名の魔法使いは、自らの分身である白い獣を呼んだ。  無名の魔法使いは、どんなに古い時代でも、魔法の手順を踏めば過去にさかのぼることができた。たが、未来を見る力はなかった。未来とは、偶然と必然と数多(あまた)ある個人の意思とによって、複雑に織りなされていく無限の可能性のことだ。それを知ることのできる力のあるものは存在しない。  部屋の中に白い霧が忍び込んだかと思うと、それはたちまちフォ・ゴゥルの形を作り上げた。 『突然、なんのお話ですか?』  この場にいなかったフォ・ゴゥルには意味がわからなかったようだ。それもそうだと思い、無名の魔法使いは今しがた鏡の中で起こった出来事を話して聞かせた。  フォ・ゴゥルは、『いいとも悪いとも言えませんね』と首を振った。 『孤児院で暮らすより、金銭的な苦労は減ると思いますが、金銭は必ずしも人間を幸せにしませんからね。それに、子どもが育つのには、それより必要なものがあるのではと思います』  無名の魔法使いは笑った。 「お前が何を考えているか、当ててやろうか。それは愛情だと言うのだろう?」 『まぁ、そのようなものです』  しかし結局のところ、愛情の何たるかを理解していない二人が話し合ったところで、まともな結論など出るはずもなかった。 「見届けるしかないか、これまでと同じように」  無名の魔法使いの言葉に、フォ・ゴゥルも(うなず)いた。  なんにしても、幼児にとって人生の一つの大きな転機には違いなかった。それが、より良い方向に転がってくれれば幸いなのだが――。  無名の魔法使いはこの世に神などいないことを知っていたが、 (人間が神に祈りたくなるのは、こんなときかな) と初めてしみじみと思うのだった。  一方のヴェルデは、小さな頭の中を混乱でいっぱいにしながら、孤児院の廊下を歩いていた。 (よくかんがえなさいって言われた。でも、かんがえてもさっぱり答えが見つからない)
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