episode 8. 幸運のお守り

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「ちょっと待っててくださいね。朝食までにまだ少し時間がありますから」  そう言って窓を開け、取り出した掃除道具で軽く掃除を始める。  初めてのとき「ぼくもてつだうよ」と言ったら、「貴族の坊ちゃんは、お掃除を手伝ったりしないんですよ」と言われたので、ヴェルデは椅子に座って両足をぶらぶらさせていた。  はたきで(ほこり)をはらいながら、エミリーは「なにか足りなくて困っているものはありませんか?」と尋ねた。  ヴィルジニーにはすべてが過ぎたもののように感じられたが、ひとつ欲しいものがあったので思い切って言ってみることにした。 「絵本をよみたいな」  この部屋には立派な本棚があり、たくさんの本もあったが、ヴィルジニーには難しすぎて読めないものだった。 「あぁ、そうですね。ご本を読むことはお勉強にもなるので、きっと奥様も許可してくださいますよ。そうなるようにお願してみますわ」  エミリーはそう請け負い、時計を見て「さ、そろそろお食事の時間ですよ」とヴィルジニーの前に立って屋敷を案内してくれた。  孤児院では朝食と昼食の二回だけだったが、グランミリアン家では朝、昼、晩と三回の食事が与えられた。焼き立てのパンや新鮮な卵を使った料理はとても美味しく、ヴィルジニーにとって食事は楽しい時間だった。  食堂代わりに使われていたのは、台所の近くにある使用人たちの休憩所だった。サミーはここで、食事についての作法を教えてくれた。  おかげで、音を立てずにスープを飲む方法や、銀のフォークやスプーンをどう使えばいいかなど、ヴィルジニーは少しずつ学ぶことができた。 「本日は、このあと奥様からのお呼び出しがございます」  サミーの言葉に、ヴィルジニーは突然食事が美味しくなくなった気がした。 「……ぼくになんのご用だろう」  独り言のつもりだったが、サミーからきっちり返事があった。 「おそらく、エルマディ坊ちゃんと対面することになるかと」  どこかで聞いた名前だと思った。  首をかしげるヴィルジニーに、「当主であるアルベール様と、奥様の間に生まれた、グランミリアン家の跡取りとなるお方です」とサミーは説明した。  その説明で、ヴィルジニーはちょっと皮肉っぽい気分になった。  なるほど、そのエルマディという人が、この家の子どもなのだと。 (ほんものがいるのに、どうしてにせもののぼくをほしいと言ったんだろう)  その疑問は、エルマディとの対面で明らかになった。
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