episode 9. 夏の庭

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episode 9. 夏の庭

 ヴィルジニーの家庭教師として読み書きや算術などを教えてくれるマーロウ夫人は、丸い眼鏡をかけていて背が高い、四十がらみの堅苦しい女性だった。彼女は時間通りにグランミリアン家を訪れ、時間通りに引き上げて行った。  週に四回ある彼女との勉強の時間を、ヴィルジニーは嫌いではなかった。彼女はよけいなおしゃべりは許さなかったが、勉強内容に関する質問には真剣に答えてくれたからだ。新しい言葉を覚えること、新しい知識を得ることは、新鮮な喜びをともなった。したがって、ヴィルジニーはとても勉強熱心な子どもになった。  それでも、広い家で遊び相手のいない寂しさはぬぐえない。侍女のエミリーは気さくに話してくれたが、仕事があるのでヴィルジニーと遊んでばかりもいられなかった。執事のサミーは礼儀正しかったが、彼はエミリー以上に多忙だった。  孤児院が懐かしく思い出されて、帰りたくてたまらなくなったとき、ヴィルジニーは庭園に駆け出して、あの庭師の老人を探した。しわがれた声でやさしく名前を呼んで欲しいと思った。だが、あれ以来庭で老人の姿を目にすることはない。  今日も、庭へ出て老人を探していたが、成果は(かんば)しくなかった。  ヴィルジニーはうつむいて小石を蹴りつつ、ぷらぷらと庭を散策していた。豊富な花と緑は孤児院の中庭よりずっと豪華なものだったが、土の匂いがなつかしく、庭で遊んでいると心が落ち着いていくのが分かった。  大きな木のある広場に出ると、ベンチには先客がいた。
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